【労働】 東京地方裁判所判決 令和6年5月13日
注目する争点
- 被告が一般職に社宅制度の利用を認めていないことは間接差別として違法といえるか否か
- 社宅制度に係る不法行為の成否(平成29年2月27日からから令和6年3月25日までの期間分)
事案の概要等
- 本件は、被告の女性従業員である原告が、被告において総合職にのみ社宅制度(被告の社宅管理規程に基づき、被告が従業員の居住する賃貸住宅の借主となって賃料等を全額支払い、その一部を当該従業員の賃金から控除し、その余を被告が負担する制度)の利用を認めているのが、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(均等法)6条2号、同法7条、及び、民法90条などに違反すると主張し、平成30年3月27日から令和6年3月25日までの期間に係る社宅制度の男女差別による不法行為に基づく損害賠償、及び、これに対する遅延損害金の支払などを求めた事案である。
- 原告は、平成20年4月から紹介予定派遣で被告の管理室(当時の名称は事務部)で勤務した後、同年7月頃に被告に正社員として採用され、現在まで管理室での業務に従事している。
- 被告の社宅制度に関する社宅管理規程の定めは、当初は被告が命ずる任地への通勤が困難と認められ転居することとなった総合職を対象とするものであったが、平成23年7月以降は適用対象が転勤に関する事情と無関係な場合にも拡大され、平成30年3月16日の改定により、社宅管理規程上も、通勤圏に自宅を保有しない60歳未満の総合職に対しては、被告が必要と認めた場合に社宅制度の適用がある旨が明確にされた。なお、被告が総合職からの社宅制度適用の申出を許可しなかった例は存在しない。
- 被告における平成20年から令和2年までの毎年4月時点での「総合職」、「一般職」の男女別の人数の推移は以下のとおりである。
平成20年 総合職(男性15名)、一般職(女性4名)
平成21年 総合職(男性15名)、一般職(女性3名)
平成22年 総合職(男性16名)、一般職(女性3名)
平成23年 総合職(男性16名)、一般職(女性3名)
平成24年 総合職(男性14名、女性1名)、一般職(女性3名)
平成25年 総合職(男性16名、女性1名)、一般職(女性3名)
平成26年 総合職(男性17名、女性1名)、一般職(女性3名)
平成27年 総合職(男性16名、女性1名)、一般職(女性5名)
平成28年 総合職(男性17名、女性1名)、一般職(女性5名)
平成29年 総合職(男性18名)、一般職(女性5名)
平成30年 総合職(男性17名)、一般職(女性5名)
令和元年 総合職(男性19名)、一般職(女性5名、男性1名)
令和2年 総合職(男性20名)、一般職(女性5名、男性1名) - 令和3年7月時点で、被告には5名の一般職従業員が在籍しており、うち4名が女性(原告を含む)、1名が男性である。
規範・あてはめ
争点1(被告が一般職に社宅制度の利用を認めていないことは間接差別として違法といえるか否か)
- 均等法(平成18年6月21日号外法律第82号による改正後)7条は、「事業主は、募集及び採用並びに前条各号に掲げる事項に関する措置であつて労働者の性別以外の事由を要件とするもののうち、措置の要件を満たす男性及び女性の比率その他の事情を勘案して実質的に性別を理由とする差別となるおそれがある措置として厚生労働省令で定めるものについては、当該措置の対象となる業務の性質に照らして当該措置の実施が当該業務の遂行上特に必要である場合、事業の運営の状況に照らして当該措置の実施が雇用管理上特に必要である場合その他の合理的な理由がある場合でなければ、これを講じてはならない。」旨規定している。
- 均等法7条を受けた同法施行規則2条2号には、「労働者の募集若しくは採用、昇進又は職種の変更に関する措置であつて、労働者の住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件とするもの」が挙げられている。
- ここには、住宅の貸与(均等法6条2号、同法施行規則1条4号)が挙げられていないものの、①性別以外の事由を要件とする措置であって、②他の性の構成員と比較して、一方の性の構成員に相当程度の不利益を与えるものを、③合理的な理由がないときに講ずること(間接差別)は、均等法施行規則に規定するもの以外にも存在し得るのであって、均等法7条には抵触しないとしても、民法等の一般法理に照らし違法とされるべき場合は想定される(平成18年6月14日衆議院厚生労働委員会「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律及び労働基準法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」、令和2年2月10日雇均発0210第2号「「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」の一部改正について」参照)。
- そうすると、雇用分野における男女の均等な待遇を確保するという均等法の趣旨に照らし、同法7条の施行(平成19年4月1日)後、住宅の貸与であって、労働者の住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件とするものについても、間接差別に該当する場合には、民法90条違反や不法行為の成否の問題が生じると解すべきであり、被告の社宅制度に係る措置についても同様の検討が必要である。
- すなわち、措置の要件を満たす男性及び女性の比率、当該措置の具体的な内容、業務遂行上の必要性、雇用管理上の必要性その他一切の事情を考慮し、男性従業員と比較して女性従業員に相当程度の不利益を与えるものであるか否か、そのような措置をとることにつき合理的な理由が認められるか否かの観点から、被告の社宅制度に係る措置が間接差別に該当するか否かを均等法の趣旨に照らして検討し、間接差別に該当する場合には、社宅管理規程の民法90条違反の有無や被告の措置に関する不法行為の成否等を検討すべきである(「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針」(平成18年厚生労働省告示第614号・最終改正:平成27年厚生労働省告示第458号)第3の1(1)、(3)ロ参照)。
- 少なくとも平成23年7月以降、社宅制度という福利厚生の措置の適用を受ける男性及び女性の比率という観点からは、男性の割合が圧倒的に高く、女性の割合が極めて低いこと、措置の具体的な内容として、社宅制度を利用し得る従業員と利用し得ない従業員との間で、享受する経済的恩恵の格差はかなり大きいことが認められる。
- 他方で、転勤の事実やその現実的可能性の有無を問わず社宅制度の適用を認めている運用等に照らすと、営業職のキャリアシステム上の必要性や有用性、営業職の採用競争における優位性の確保という観点から、社宅制度の利用を総合職に限定する必要性や合理性を根拠づけることは困難である。
- そうすると、平成23年7月以降、被告が社宅管理規程に基づき、社宅制度の利用を、住居の移転を伴う配置転換に応じることができる従業員、すなわち総合職に限って認め、一般職に対して認めていないことにより、事実上男性従業員のみに適用される福利厚生の措置として社宅制度の運用を続け、女性従業員に相当程度の不利益を与えていることについて、合理的理由は認められない。
- したがって、被告が上記のような社宅制度の運用を続けていることは、雇用分野における男女の均等な待遇を確保するという均等法の趣旨に照らし、間接差別に該当するというべきである。
争点2(社宅制度に係る不法行為の成否〔平成29年2月27日からから令和6年3月25日までの期間分〕)
- 平成23年7月以降、被告が社宅制度の利用を総合職にのみ認め、一般職に対して認めない運用を続けていることは、均等法の趣旨に照らせば、間接差別に該当し、被告はそれによる違法な状態を是正すべき義務を負っている。
- そして、被告がこうした状態を是正する場合、相当数の総合職が恩恵を受けている社宅制度自体を撤廃することは事実上困難であるから、一般職にも社宅制度の適用を認め、総合職と同一の基準で待遇すること以外に現実的な方策は考え難い。
- かかる方策をとることなく、間接差別に該当する措置を漫然と継続した被告の行為は違法であり、少なくとも過失が認められることから、被告はこれにより原告に生じた損害につき賠償する責任を負う。
担当裁判官
大門真一朗裁判官
判決掲載媒体
労働判例1314号5頁、判例秘書(L07930086)
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