【民法/下請法/独禁法】札幌地方裁判所判決 平成31年3月14日
注目すべき争点
- 販促値引き・販促協力金支払の合意が、下請法・独占禁止法に違反し、公序良俗に反するものとして無効か否か
規範・あてはめ
- 当事者
- 原告は茨城県に所在する米の卸売業者。
- 被告株式会社セコマは、北海道を中心にコンビニエンスストアを展開する企業。
- 被告株式会社セイコーフレッシュフーズ(被告フーズ)は、被告セコマのグループで物流等を担当する企業。
- 事案の概要
- 原告は、被告セコマら及び同グループに属する関連会社に対し、長年にわたって、米を供給する取引を実施。
- 原告は、被告セコマらが、上記取引において、原告に対し、被告フーズに対して販促協力金及び運送費を支払うよう強制したことが下請代金支払遅延等防止法(下請法)ないしその趣旨に違反し、また、取引上の優越的地位の濫用であるから、公序良俗に反し、不法行為及び悪意による不当利得に該当する旨主張している。
- (筆者注)この判決は「通常販促、特別販促及びカード販促のいずれについても、原告は被告セコマらとの間で、販促値引きの実施及び販促協力金の支払を合意していたものと認められる。」と判示しています。以下の規範・あてはめは、当該支払合意を前提として、その合意が無効とされるかに関するものです。
- 規範等
- 民法は、私的自治をその基本理念としているところ、同法90条により私人間の合意を無効とすることは、私的自治への介入であるから、同条の適用は、私的自治への過剰な介入とならないよう、慎重に判断されなければならない。
- 例えば、取引においては、一面において不利な条件を提示された当事者が、当該条件を受け入れることを積極的には望まないながらも、当該条件を受け入れることにより総合的には得をすると考えてこれを受け入れることがある。この場合、当該取引当事者は、自己の責任において、自由かつ自主的に取引条件を吟味し、これを受け入れることにしたものであるから、国家による介入の必要性は認められず、それにもかかわらず民法90条を適用することは私的自治への過剰介入となる。
- また、取引においては、取引当事者が、取引条件を十分に吟味せず、あるいは、取引条件が自己にもたらす影響を見誤ることもある。これらの場合も、当該取引当事者は、自由かつ自主的に取引条件を吟味することが可能な状況において、自己の責任において取引条件の吟味を放棄し、あるいは失敗したものであって、その責任は当該取引当事者に帰せられるべきであるから、国家による介入の必要性は認められず、民法90条の適用は私的自治への過剰介入となる。
- これに対して、取引の一方当事者が、暴利行為(相手方の窮迫ないし無知等に乗じて、客観的に著しく対価的均衡を欠く取引条件を強いること)ないし優越的地位の濫用(自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当な取引条件を強いること。独禁法2条9項5号参照)に及んだ場合には、民法90条により当該取引条件を無効とすることにより相手方当事者を救済し、健全な取引秩序を回復する必要がある。当該取引条件は、相手方当事者の自由かつ自主的な判断に基づくものではなく、私的自治の前提を欠いているから、これを無効としても私的自治への過剰な介入にはならない。
- 以上から、販促協力金の支払合意が公序良俗に反するとして民法90条により無効とされるためには、同合意が暴利行為ないし優越的地位の濫用に該当することが必要であると解される。
- これに対して、原告は、販促協力金の支払合意が下請法違反に該当することを主張して、同合意が民法90条により無効とされるべきである旨主張する。
- 下請法は、親事業者の下請事業者に対する取引を公正ならしめるとともに、下請事業者の利益を保護するため、親事業者の遵守事項として、不当な買いたたき(同法4条1項5号)及び不当な経済上の利益の提供要請(同条2項3号)を禁止しているところ、本件における販促協力金の支払合意が下請法4条1項5号及び同条2項3号に違反した場合、支払合意の負担の程度、経済合理性の有無、支払合意に至る経緯等を考慮して、下請法4条1項5号及び同条2項3号の趣旨に照らして不当性の強いときには、販促協力金の支払合意が公序良俗に違反して無効となることがあり得るが、そうでないときには、上記各条項に抵触するということだけで直ちに上記合意が無効となるものではない。
- 民法は、私的自治をその基本理念としているところ、同法90条により私人間の合意を無効とすることは、私的自治への介入であるから、同条の適用は、私的自治への過剰な介入とならないよう、慎重に判断されなければならない。
- あてはめ
- 【予測困難な負担を課すものではなかったこと】通常、取引当事者は負担の内容を予測した上で、当該負担を受け入れるか否かを判断する。これに対して、予測困難な負担を合意した場合には、当該合意が暴利行為ないし優越的地位の濫用により強いられたものではないかという疑義が生じる。しかし、販促値引きの実施及びその際の販促協力金の支払は、被告セコマらからの事前の通知に基づいて、原告自らが合意して行われたものであり、予測困難な負担ではない。
- 【原価割れが生じたとは認められないこと】販促協力金の負担により、RB米(セイコーマートグループのプライベートブランド商品である米)取引が原告にとって客観的に対価的均衡を欠くものになっていた場合、そのような著しく過大な負担の合意は、暴利行為ないし優越的地位の濫用により強いられたものではないかという疑義が生じる。しかし、原告が販促協力金を負担していたとしても、一般的に原価割れが発生していたとは考え難い。
- 【納入量増大の利益をもたらしたこと】小売市場において価格競争が激化する中、販促値引きには、加盟店における販売量を大幅に増加させる効果があった。よって、販促実施時の価格が原価割れを起こしてさえいなければ、販促を活発に実施することで、単位量当たりの利益は薄くても、一定の利益を上げることが期待できた。また、Aが平成19年の商談において、消費者に味を知ってもらうことが重要であり、まずは食べてもらうことである旨話していたとおり、販促の実施は消費者への宣伝となり、後に当該商品を購買してもらうことにつながり得るものであった。このように、販促の実施は、販促協力金の負担によって一時的な原価割れを生じさせても、当該価格による納入にはなお経済合理性が認められる余地があった。
- 【原告の自由かつ自主的な経営判断によること】原告は、販促協力金の負担を予測しながら、販促協力金の負担を嫌うのであれば、これに異議を述べることが可能であったにもかかわらず、異議を述べず、むしろ、販促の実施を積極的に提案していたものであり、同合意に一定の合理性があり得たことを併せ考えると、原告は、自由かつ自主的な判断により、主観的には同合意に合理性を見出し、同合意をしたものと認められる。原告は、販促協力金の設定を被告セコマに任せ、自らは十分に吟味しなかった可能性がある。しかし、仮にそうであったとしても、原告が自由かつ自主的な判断が可能な状況において、取引条件を吟味して交渉することを放棄したというだけであり、それもまた原告の自由かつ自主的な判断といえる。
- 【被告セコマらに不公正さを認める主観的事情がないこと】被告セコマにおいて、原告の経営状況及び販促協力金の負担の影響を正確に把握していたとは認められず、それが容易であったとも認められない。そうであれば、被告セコマらに対し、原告の利益に配慮することを求めることはできず、被告セコマらが販促協力金の要求を差し控えなかったことが不公正であったとはいえない。
- 【まとめ】上記検討のとおり、本件の販促協力金の支払合意は、客観的に著しく対価的均衡を欠く取引条件であるとも、正常な商慣習に照らして不当な取引条件であるとも認められない。同合意は、原告が、負担の内容を予測した上で、負担を受け入れることが可能であり、これを受け入れた方が取引全体にとって得策であると判断して締結したか、あるいは、採算が取れるか否かの計算を放棄して締結したものであって、いずれにせよ、原告の自由かつ自主的な判断に基づき締結されたものであると認められる。同合意に関し、被告セコマらに、原告の経営難等に乗じた、あるいはこれを利用して強制したといった主観的悪性は認められない。以上によれば、同合意が被告セコマらによる暴利行為ないし取引上の優越的地位の濫用に当たるとはいえない。また、同合意の負担の程度、経済合理性の有無、合意に至る経緯等についてみても、同合意が、下請法の趣旨に照らし公序良俗に違反すると認められるだけの不当性の強い事情はうかがえない。したがって、本件の販促協力金の支払合意は公序良俗に反するものではなく、私法上有効であり、有効な合意に基づき販促協力金の支払を受けることは、不法行為法上違法ではなく、不当利得にも当たらない。
担当裁判官
高木勝己裁判官、猪俣直子裁判官、坂本桃裁判官(合議)
判決掲載媒体
裁判所判例検索システム(https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/766/088766_hanrei.pdf)
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なお、この記事に関連して「その弁護士、企業案件に従事している方ですか?」との記事もございますので、併せてご覧ください。
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