【労働】 東京地方裁判所判決 令和3年11月9日(控訴審・東京高等裁判所判決 令和4年6月29日)

注目すべき争点

  1. 業員に対する貸与品の取り上げの適法性(→業務遂行のために貸与していたスマートフォンを回収したことの適否)
  2. 使用者の年俸額決定権の濫用の有無
  3. 年俸額に含まれている「時間外手当・法定外休日手当」のみなし手当月額の、使用者による一方的な減額の適法性(→年俸960万円に含まれる44時間分の時間外手当・5時間分の法定外休日手当に相当するみなし手当22万円/月を使用者が18万2000円/月に減じることの適否)
  4. 従業員を昇給させる義務の有無
  5. 営業担当外しの違法性
  6. 配転命令の違法性(→営業から監査室への配転命令)

規範・あてはめ

  1. 従業員に対する貸与品の取り上げの適法性
    • 使用者が労働者に対しその業務遂行のためにどのような道具を貸与するかは、労働契約において特別の定めをしていない限り、本来、使用者が当該業務の性質や経営状況等に照らして判断することができるものである。
    • もっとも、権利の濫用は許されず(民法1条3項)、使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たって、それを濫用することがあってはならない(労働契約法3条5項)のであるから、一旦業務上の必要性があると判断して貸与したものを、後に合理的な目的や必要性もなく取り上げることは違法になる場合があるというべきである。
      • 本件回収(原告に業務上の連絡のために貸与していたスマートフォンを回収したこと)は、被告Y1が社長である自分のメールに即時に返信のメールを返さなかったことに立腹して行ったものであり、合理的な目的や必要性なく、感情的な理由から権限を濫用して行ったものであり、違法である。
  2. 使用者の年俸額決定権の濫用の有無
    • 期間の定めのない労働契約において当事者間に次年度の年俸額の合意が成立しなかった場合に、就業規則等に使用者に年俸額の決定権限を付与する旨の定めを置くこと自体は合理的であると認められ、それらの規定において年俸額決定のための手続や減額の限界、不服申立手続等が明示的に定められていなかったとしても、それだけで使用者に対する年俸額決定権限の付与が当然に無効になるとは解されない
    • もっとも、労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結又は変更すべきものであるから(労働契約法3条1項)、年俸額決定のための合理的な手続を欠き、使用者が恣意的に年俸額を決定することができるような制度となっている場合には、就業規則等で定められた年俸額決定権限の使用者への付与は、合理的な労働条件とは認められず、無効になると解される(労働契約法7条)。
      • 14期の年俸に関しては、13期の期初に受注目標額を設定し,期末に従業員に13期の個人業績に関するレポートを作成・提出させた上で、これらを基に13期の業績等に係る査定面談が行われており、年俸額決定のための相当な手続がされていることや、14期も13期の年俸額が据え置かれており、そのことについて原告が異議を申し立てていなかったことに照らすと、被告会社においては年俸の決定において、相応の客観性・合理性のある手続をとる仕組みが採られていたことが窺われ、不合理な基準による査定がされていたことも窺われない。
        • したがって、本件では、被告会社に最終的な年俸額決定権限を付与した本件賃金規程の定めが当然に無効であるとまでは認められないと解するのが相当である。
      • しかしながら、本件賃金減額①がされた15期の年俸の改定の際には、被告会社は、そもそも期初に業績評価の基準とされるべき原告の受注目標を設定しておらず、また、査定面談においては、原告があらかじめ提出していた資料に記載していた14期の個人業績に関し、一方的に原告の業績とは認められないと告げる一方、その理由や根拠については具体的に説明せず、さらに、原告が令和元年5月10日にP部長から本件賃金減額①及び本件降格を告げられた際、年俸の減額は受け入れられないと明確に異議を述べたにもかかわらず、その後に原告から意見を聴取することも、本件減額①等の理由について具体的に説明することもしなかった。
        • 被告会社は、合理性・透明性に欠ける手続で、公正性・客観性に乏しい判断の下で、年俸額決定権限を濫用して原告の15期の年俸を決定したものといわざるを得ない。したがって、本件賃金減額①は、被告会社がその与えられた年俸額決定権限を濫用して行ったものと認められるから、違法、無効である。
  3. 年俸額に含まれている「時間外手当・法定外休日手当」のみなし手当月額の、使用者による一方的な減額の適法性
    • 第一審の判断
      • 14期のみなし手当は、本件労働契約に基づく所定労働時間内の労務の提供の対価として合意されたいわば通常の賃金ではなく、原告の業務内容等に照らして、毎月相当時間数の残業が生じることを想定して、あらかじめ44時間分の時間外労働及び5時間分の法定外休日労働に対する割増賃金として支払うことが合意されたものである。
      • そして、割増賃金の支払については、労働基準法37条その他関係規程により定められた方法により算定された金額を下回らない限り、これをどのような方法で支払おうとも自由であるから、使用者が、一旦は固定残業代として支払うことを合意した手当を廃止し、手当の廃止後は、毎月、実労働時間に応じて労働基準法37条等所定の方法で算定した割増賃金を支払うという扱いにすることもできるというべきであり、いわゆる固定残業代の廃止や減額は、労働者の同意等がなければできない通常の賃金の減額には当たらないというべきである。
        • これを本件についてみるに、被告会社は、本件賃金減額①の際に、いわゆる固定残業代としての性質を有するみなし手当について、14期においては44時間分の時間外労働及び5時間分の法定外休日労働に対する割増賃金として月額22万円を支払うとしていたものを、15期においては43時間分の時間外労働に対する割増賃金として月額18万2000円を支払うことに変更しているが、これは被告会社が割増賃金の支払方法を変更したものにすぎず、違法であるとは認められない
    • 控訴審の判断
      • 固定残業代として支払う旨合意されていたと認められる14期のみなし手当(月額22万円)は、年俸960万円(月額80万円)に含める旨の合意がされていたことが認められる。
      • このように、本件労働契約に係る年俸制の合意の内容は、職務給と同様に、みなし手当もその一部に含めるものであったというのであり、そうである以上、このような、みなし手当を減額できるのは、職務給の減額の場合と同様、被控訴人会社に最終的な年俸額決定権限を付与した本件賃金規程の定めに基づいて初めて可能であったものというべく、時間外労働等に従事していた時間がみなし手当で定められている時間より実際には少ないなどの理由から、被控訴人会社において自由に減額することはできない性質のものであったというべきである。
        • したがって、被控訴人会社の本件賃金減額①は、職務給の月額4万円の減額であれ、みなし手当の月額3万8000円の減額であれ、被控訴人会社の側の主観にかかわりなく、客観的な見地からみて、同年俸額決定権限の行使として適切であって初めて、有効・適法なものと認められるといわなければならない。
        • しかるところ、前記説示のとおり、被控訴人会社が本件賃金減額①を行うに当たって、合理的で公正な評価や手続を履践したとは認められず、被控訴人会社は、合理性・透明性に欠ける手続で、公正性・客観性に乏しい判断の下で、年俸額決定権限を濫用して控訴人の15期の年俸を決定したものと認められる。そうすると、本件賃金減額①については、固定残業代月額3万8000円分の減額についても、違法・無効なものと解するのが相当である。
  4. 従業員を昇給させる義務の有無
    • そもそも昇給には原資が必要であり、その当否や可否を判断するに当たっては、被告会社の経営状況や財務状況が大きな考慮要素となる。
      • 本件賃金規程の第31条(昇給の留保)は、以下のように定めている。
        • 次の各号の一に該当する者については、当該期に限り昇給を行わず、または降給することがある。
           ⑴ 休業により、または入社後の就業日数が少なく、年間就労日数の8割に満たない者
           ⑵ 著しく技能が低い者または著しく勤務成績もしくは素行の不良の者
           ⑶ 懲戒処分を受けた者
        • 本件賃金規程31条の⑴から⑶までの事由は、いずれも就労日数や技能・勤務成績,懲戒処分といった労働者側の事情を定めたものであり、昇給の原資に関わる事情についての定めはないことに照らすと、これらの規定は、被告会社がその経営状況や財務状況等に照らして昇給を実施する方針を決めた場合であっても、本件賃金規程31条の⑴から⑶までに定めた事由に該当する従業員に関しては、例外的に昇給をしないことがあることを定めた規定にすぎず、そもそも抽象的なものであったとしても、被告会社に原則的な昇給義務があることを定めた規定であると解することはできない
  5. 営業担当外しの違法性
    • 使用者は、労働契約に基づく業務命令権として、その労働者に対し、必要と判断した業務の担当を命じることができるものであり、それが濫用にわたる場合などの特段の事情がない限り、使用者の経営判断として尊重されるべきものである。
      • 被告会社が原告に営業先を変えるように命じたことが、嫌がらせやパワハラに当たり、業務命令権を濫用したものとして違法であることが明らかであるとは認められない。
  6. 配転命令の違法性
    • 使用者は、労働契約に基づき、業務上の必要に応じ、その裁量により労働者にどのような業務を担当させるかを決定することができるが、もとよりその権利を濫用することは許されない(民法1条3項、労働契約法3条5項)のであるから、当該配転命令について業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情が存する場合には、当該配転命令は権利の濫用として違法と認められることがあるというべきである。
      • 原告は、監査関連の業務には従事したことがなく、被告会社において定める監査担当者の要件のいずれも満たしてはいなかった。また、原告が、被告会社から、本件配転命令により監査室への異動を命じられたのは、新たに医療機器治験市場を開拓するように命じられ、従前担当していた医薬品関連の顧客を他の営業社員に引き継ぎ、医療機器関係の営業に取り組むようになってから半年前後しか経っていない時期である。これらの事情に照らすと、被告会社に、ほぼ営業一筋でキャリアを積み上げていた原告を、監査室に異動させることについて、業務上の必要性があったとは考え難い。

担当裁判官

第一審・佐藤卓裁判官、控訴審・志田原信三裁判官、田中孝一裁判官、清野英之裁判官

判決掲載媒体

第一審・労働判例1291号18頁、控訴審・労働判例1291号5頁

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