【労働】 札幌地方裁判所苫小牧支部判決 令和4年3月25日(控訴審・札幌高等裁判所判決 令和4年10月21日)

注目すべき争点

  • 被告事務部長(被控訴人事務部長、本件病院の人事を統括)の原告(臨床検査技師として本件病院に勤務する者)に対する退職勧奨が不法行為を構成するか

規範・あてはめ

  • 第一審の規範
    • 一般に、労働契約を使用者と労働者との合意によって解約すること(合意退職)自体は、何らの法規制等もなく許容されている以上、使用者が、労働者に対し、退職を勧奨すること自体は、当然に違法とされるべきものではないが、労働契約法15条、16条、労働基準法20条等が(懲戒)解雇について使用者に一定の制限を設け、労働者の保護を図っている趣旨に鑑みれば、これらの法規制等を潜脱する目的で、解雇事由が存在しないにもかかわらず、それが存在する旨の虚偽の事実を告げて退職を迫ることや、労働者の意思決定の自由を侵害するような強圧的な態様による退職勧奨は、退職合意を無効とするにとどまらず、不法行為法上も違法とされる場合があるというべきである。
  • 控訴審の規範
    • 一般に、労働契約を使用者と労働者との合意によって解約すること(合意退職)自体は、何らの法規制等もなく許容されている以上、使用者が労働者に対し、退職を勧奨すること自体は、当然に不法行為を構成するものではないが、例えば、解雇事由が存在しないにもかかわらずそれが存在する旨の虚偽の事実を告げて退職を迫り、執拗又は強圧的な態様で退職を求めるなど、社会通念上自由な退職意思の形成を妨げる態様・程度の言動をした場合は、労働者の意思決定の自由を侵害するものとして不法行為を構成する場合があるというべきである。
  • あてはめ
    • 被告事務部長が、原告に対し、合意退職に応じなければ懲戒解雇とする旨を明言したことはなく、慎重な言い回しを用いて(懲戒)処分の内容等をいまだ検討中であるという旨を告げ、既に懲戒解雇とすることが決定しているかのような誤解を与えないよう細心の注意を払って対応していたといえる。
    • 被告事務部長の退職勧奨が不法行為法上違法であるかは、原告の主観のみによって決せられるべきものではなく、一般通常人の捉え方を基準として客観的に決せられるべきものである。
    • 被告事務部長が退職を勧奨した際の言動には、一般通常人を基準として原告を畏怖させるような不当な働きかけと評価できるものは認められないほか、1回目の面談において懲戒処分を検討している旨を告げた上で弁明を聴取した後、3日後に2回目の面談を設定して熟慮期間を設け、2回目の面談においても原告の発言を遮ることなくひととおり聞いた上で、退職勧奨に対する回答を任意に引き出していることなどからすれば、被告事務部長による退職勧奨が、原告の意思決定の自由を侵害するようなものであったなどとは認められない。
  • 第一審の結論
    • 以上によれば、被告事務部による退職勧奨は、虚偽を告げて原告を誤信させたと認められるものではなく、また、原告の意思決定の自由を侵害するような態様のものであったとも認められないほか、一件記録を精査しても、解雇規制を潜脱する目的に出たものであったり、原告の意思決定の自由を侵害するものとして不法行為法上違法であるなどと評価することはできない。
  • 控訴審の結論
    • 以上によれば、被控訴人事務部長による退職勧奨は、虚偽を告げて控訴人を誤信させたものとも、控訴人の自由な退職意思の形成を妨げる態様でされたものともいえず、控訴人の意思決定の自由を侵害するものとはいえない。

担当裁判官

第一審・友部一慶裁判官(単独)、控訴審・佐久間健吉裁判官、豊田哲也裁判官、高木寿美子裁判官(合議)

判決掲載媒体

第一審・労働判例1319号168頁、控訴審・労働判例1319号159頁

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