【著作】 東京地方裁判所決定 令和4年11月25日

注目する争点

  1. 建築の著作物の該当性(版画美術館及び本件庭園)
  2. 本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20条2項2号)に該当するか

事案の概要

事案の概要

  • 本件は、債権者が、工芸美術館新築工事等の各工事の実施を計画する債務者に対し、債務者が、各工事の一部を行うことにより、版画美術館、及び、その敷地であって公園の一部を構成する本件庭園に係る債権者の著作者人格権(同一性保持権)が侵害されるおそれがあると主張して、著作権法112条1項に基づき、本件各工事の差止めを求める事案。

債権者

  • 債権者は、この決定内で、自ら設計図等を作成し、あるいは、自らが代表取締役を務めるA建築設計事務所の所員に具体的な指示をして図面等を作成させ、その図面等に基づいて版画美術館を完成させたものと認定されており、版画美術館の著作者であると認定されている。

規範・あてはめ

争点1(建築の著作物の該当性〔版画美術館、及び、本件庭園〕)

<版画美術館について>

  • 建築物に「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)としての著作物性が認められるためには、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)に該当すること、特に「美術」の「範囲に属するもの」であることが必要とされるところ、「美術」の「範囲に属するもの」といえるためには、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解される(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第1小法廷判決・民集54巻7号2481頁参照)。
  • そして、建築物は、通常、居住等の実用目的に供されることが予定されていることから、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていても、それが実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と結びついている場合があるため、著作権法とは保護の要件や期間が異なる意匠法等による形状の保護との関係を調整する必要があり、また、当該建築物を著作権法によって保護することが、著作権者等を保護し、もって文化の発展を図るという同法の目的(同法1条)に適うか否かの吟味も求められるものというべきである。
  • このような観点から、建築物が「美術」の「範囲に属するもの」に該当するか否かを判断するためには建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把握できるか否かという基準によるのが相当である。
  • さらに、「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければならないから(同法2条1項1号)、上記の建築物が「建築の著作物」として保護されるためには、続いて、同要件を充たすか否かの検討も必要となる。
  • その要件のうち、創作性については、上記の著作権法の目的に照らし、建築物に化体した表現が、選択の幅がある中から選ばれたものであって保護の必要性を有するものであるか、ありふれたものであるため後進の創作者の自由な表現の妨げとなるかなどの観点から、判断されるべきである。
    • 版画美術館は、少なくとも、前記bないしdのとおり、建物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成とは分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるから、全体として、「美術」の「範囲に属するもの」であると認められる。
    • 版画美術館は、作成者の思想又は感情が創作的に表現された部分を含むものと認めるのが相当であり、全体として、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であると認められる。
    • 版画美術館は、全体として、「美術」の「範囲に属するもの」であると認められ、かつ、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であると認められるから、「建築の著作物」として保護される。

<本件庭園について>

  • 本件庭園が「建築の著作物」として保護されるか否かを検討する前提として、そもそも庭園が「著作物」(著作権法2条1項1号)に該当し得るか否かについて検討する。
  • 「著作物」を例示した著作権法10条1項のうち、同項5号の「建築の著作物」にいう「建築」の意義については、建築基準法所定の「建築物」の定義を参考にしつつ、文化の発展に寄与するという著作権法の目的(同法1条)に沿うように解釈するのが相当である。
  • そして、建築基準法2条1号によれば、「建築物」とは「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの(これに類する構造のものを含む。)」等をいうところ、庭園内に存在する工作物が「建築物」に該当することはあっても、歩道、樹木、広場、池、遊具、施設等の諸々が存在する土地である庭園そのものは、「建築物」に該当するとは解されない。
  • しかし、庭園は、通常、「建築物」と同じく土地を基盤として設けられ、「建築物」と場所的又は機能的に極めて密接したものということができ、設計者の思想又は感情が創作的に表現されたと評価することができるものもあり得ることからすると、著作権法上の「建築の著作物」に該当すると解するのが相当である。
  • ただし、庭園には様々なものがあり、いわゆる日本庭園のように、敷地内に設けられた樹木、草花、岩石、砂利、池、地形等を鑑賞することを直接の目的としたものもあれば、その形象が、散策したり、遊び場として利用したり、休息をとったり、運動したりといった実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と結びついているものも存在する。
  • そうすると、庭園の著作物性の判断も、前記の建築物の著作物性の判断と同様に、その実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものについては、「美術」の「範囲に属するもの」に該当し、さらに、「思想又は感情を創作的に表現したもの」に該当すると認められる場合は、「建築の著作物」として保護されると解するのが相当である。
    • 本件庭園内の通路や階段等は、いずれも庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成であることから、本件庭園が備えるこれらの設備を総合的に検討したとしても、本件庭園において、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することはできないというほかない。
    • 以上によれば、本件庭園は、「美術」の「範囲に属するもの」に該当するとは認められず、「建築の著作物」として保護されない。

著作権法
第112条(差止請求権) 著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、その著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。

第2条(定義) この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

第10条(著作物の例示) この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
五 建築の著作物

争点2(本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」〔著作権法20条2項2号〕に該当するか)

  • 著作権法20条2項2号の「増築」及び「模様替え」は、建築基準法において用いられる用語ではあるものの、著作権法及び建築基準法のいずれにも定義規定がないことからすると、これらの用語の一般的な意味を考慮しつつ、両法に整合的に解釈するのが相当である。
  • この点、「増築」とは、一般的に、在来の建物に更に増し加えて建てることをいい、建築基準法6条2項等においてもこのような意味で理解することができる。また、「模様替え」とは、一般的に、室内の装飾、家具の配置等を変えることをいうが、同法2条15号、6条1項等からすると、建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲で、これを改変することをいうと解すべきである。そして、これらの解釈は、著作権法20条1項、2項2号の趣旨に反するものではない。
    • そうすると、本件工事1(1)は、版画美術館の西側の池や1階西側及び2階西側の壁等を撤去し、エレベーター棟を建設して、これを版画美術館に接続するものであるから、在来の建物に更に増し加えて建てるものであるといえ、「増築」に該当すると認められる。
    • また、本件工事1(2)は、エントランスホールと内ホワイエとの間の大谷石の柱の間に、ガラスの自動扉又はガラス壁を設置するものであり、版画美術館の躯体に変更を加えるものではなく、既存の柱を利用し、壁等を設けることによって、一連の空間を分割するにすぎないものであるから、建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲での改変にとどまるものといえ、「模様替え」に該当すると認められる。
    • さらに、本件工事1(3)及び(4)は、工房、アトリエ及び喫茶室の壁並びに学芸員室と美術資料閲覧室との間の間仕切り壁を撤去するものであり、版画美術館の躯体に変更を加えるものではなく、内部の空間の区切り方や入口の位置及びレイアウトを利用しやすいように変更するにすぎないものであるから、やはり、建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲での改変にとどまり、「模様替え」に該当すると認められる。
  • もっとも、著作権法は、著作物を創作した著作者に対し、著作者人格権として、同法20条1項により、その著作物の同一性を保持する権利を保障する一方で、建築物が、元来、人間が住み、あるいは使うという実用的な見地から造られたものであって、経済的・実用的な見地から効用の増大を図ることを許す必要性が高いことから、同条2項2号により、建築物の著作者の同一性保持権に一定の制限を課したものである。(★)
  • このような法の趣旨に鑑みると、同号が予定しているのは、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築であって、いかなる増改築であっても同号が適用されると解するのは相当でなく、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変については、同号にいう「改変」に該当しないと解するのが相当である。(★)
  • 知的財産高等裁判所決定令和5年3月31日(本件決定の抗告審)は、(★)の規範につき、「著作権法20条1項は、著作権者に対し、その著作物について同一性を保持する権利を保障し、その意に反して変更、切除その他の改変を受けないことを定めるが、同条2項2号において、建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変については、同項1号、3号及び4号と異なり、特段の条件を付すことなく、同条1項の規定を適用しない旨を定めている。これは、建築物については、元来、人間が住み、使うなどという実用的な見地から造られるものであって、経済的・実用的な見地から効用の増大を図ることを許す必要性が高いことから、建築物については、同一性保持権が認められる場合であっても、当該著作者の許容なく、その増築、改築、修繕又は模様替えによる改変が許されるとされたものである。したがって、建築物の所有者が、効用の増大を図るため、建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変を行うことは、著作者の同一性保持権を侵害するものではないといわざるを得ない。もっとも、このような同一性保持権に対する制限は、上記のとおり、建築物について経済的・実用的な見地からその効用の増大を図ることを許す必要性が高いとの趣旨によるものであることに照らすと、改変が、経済的・実用的な見地から全く必要性のないものであったり、著作者に対する害意に基づくものであると認められるなどの特段の事情がある場合には、当該改変は許されないものと解するのが相当である。」と訂正している。
    • 版画美術館に係る本件工事1(1)ないし(4)は、債務者が、町田市立博物館の再編をきっかけとして検討を開始し、債務者が保有する施設を有効利用する一環として計画したものであり、町田市議会においても議論された上で、公募型プロポーザルを経て選定されたオンデザインによって作成され、さらに、随時、有識者や住民の意見が集約され、その意見が反映されたものというべきであるから、債務者の個人的な嗜好に基づく改変や必要な範囲を超えた改変であるとは認められない。
    • したがって、本件工事1(1)ないし(4)については、著作権法20条2項2号が適用されるから、版画美術館に係る債権者の同一性保持権が侵害されたとは認められない。

著作権法
第20条(同一性保持権)
 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
2 前項の規定は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない。
一 第三十三条第一項(同条第四項において準用する場合を含む。)、第三十三条の二第一項、第三十三条の三第一項又は第三十四条第一項の規定により著作物を利用する場合における用字又は用語の変更その他の改変で、学校教育の目的上やむを得ないと認められるもの
二 建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変
三 特定の電子計算機においては実行し得ないプログラムの著作物を当該電子計算機において実行し得るようにするため、又はプログラムの著作物を電子計算機においてより効果的に実行し得るようにするために必要な改変
四 前三号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変

担当裁判官

國分隆文裁判官、小川曉裁判官、間明宏充裁判官

決定掲載媒体

判例秘書(L07731559)

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