【労働/民訴】 横浜地方裁判所判決 令和3年2月4日

注目すべき争点

  • パワハラに関する訴訟上の主張立証が名誉毀損に該当するか

規範・あてはめ

  • 民事訴訟は、私的紛争の当事者が相互に攻撃防御を尽くして事実関係を究明するとともに、法律的見解について論争を展開し、裁判所が双方の主張・立証活動を踏まえて判断を示すことにより紛争を解決する制度である。このため、当事者間の法律上または事実上の利害関係が鋭く対立するにつれて相互の利害や感情の対立も激しくなるという傾向があり、時には一方当事者の主張や立証活動が相手方当事者等の名誉や信用を損なうような事態を招くこともある。しかし、それは、飽くまでも紛争を解決するための訴訟手続の過程における当事者の暫定的又は主観的な主張や立証活動の一環にすぎず、もしそれが一定の許容限度を超えるものであれば、裁判所がそれを指摘して適切に訴訟指揮権を行使することによって適宜是正することが可能であるし、相手方には、それに反駁する等の訴訟活動を展開する機会が制度上保障されている。また,当事者の主張や立証の当否等は最終的に裁判所の裁判によって判断されるから、これにより一旦は損なわれた名誉や信用を回復することができる仕組みになっている。
  • このような民事訴訟における訴訟活動の特質及び仕組みに照らすと、当事者の主張や立証活動といった訴訟行為について、相手方等の名誉等を損なうようなものがあったとしても、それが直ちに名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、当該訴訟行為が訴訟手続きの趣旨、目的に照らして、およそ必要性が認められないとか、手段、方法の点で著しく不当であるなど、それを行うことが権利の濫用に当たるような特段の事情のない限り、違法性が阻却されると解するのが相当である。
    • 第1事件は、原告Ⅹ1が、被告Y1から不法行為に該当するパワーハラスメント行為を受けたとして、被告Y1及び訴外Aに対し、不法行為ないし使用者責任に基づく損害賠償請求を求める訴えであるところ、被告Y1が行ったとされるパワーハラスメント行為の事実を主張することは、第1事件における請求原因事実の主張として、訴訟追行上必要不可欠な訴訟行為であり、原告Ⅹ1は、第1事件の第1回口頭弁論手続における裁判所の釈明に応じて、各事実摘示を行っている。
    • そして、その事実摘示の態様は、日時、場所に加え、被告Y1の発言とされる言動を端的に示すものであり、手段、方法の点で著しく不当であるとも認められない。
    • 原告Ⅹ1は第1事件において、被告Y1のパワーハラスメント行為を裏付ける証拠として本件メモを提出するところ、その記載内容は、原告Ⅹ1が被告Y1からなされたとする具体的な言動を、日時、場所等と併せて記載するものであり、前記のとおり、日時等の記載につき客観的事実と齟齬があることから、その信用性については疑義があるものの、原告Ⅹ1としては、自己の認識を記載した証拠として提出しているものと認められるから、この訴訟行為についても、権利濫用に当たるような特段の事情があるとまでは認められない。
    • 原告Ⅹ1の主張及び立証が、被告Y1を陥れて同人から金銭を得る目的で、殊更に虚偽の事実を主張し、証拠を提出したものと認めることは到底できず、この点に関する被告Y1の主張は採用できない。
      • したがって、原告Ⅹ1が主張を行い、本件メモを証拠として提出した各訴訟行為については、いずれも第1事件における原告Ⅹ1の訴訟行為としての必要性及び関連性が優に認められ、その訴訟行為を行うことが権利の濫用に当たるような特段の事情は認められないから、名誉毀損の不法行為は成立しない
  • 訴訟において書証として提出された陳述書に、当事者等の社会的評価を低下させる事実や当事者等の名誉感情を害する事実が記載されている場合、同事実が裁判所に認定されなかったときや、同事実と相容れない事実が裁判所によって認定されたときに、当該陳述書を作成し訴訟において書証として提出する行為が直ちに違法と評価されるとすれば、陳述書の作成者は自己の認識にかかわらず、裁判所によって認定されることが確実と思われる事実しか記載しなくなり、これによって陳述書の主尋問を一部代替又は補完する機能及び証拠開示機能(反対尋問権保障機能)が失われるとともに、当事者の立証活動に大きな萎縮的効果が生じ、実態の解明を困難にするなど、民事訴訟の運営に支障を来す事態が容易に生じ得るといえる。
  • そこで、当事者等の社会的評価を低下させる事実や、当事者等の名誉感情を害する事実が記載された陳述書を作成し、訴訟において書証として提出する行為は、作成者が陳述書記載の当該事実の内容が虚偽であることを認識しつつ、あえてこれを記載して行った場合に限り違法性を帯びるというべきである。

担当裁判官

新谷晋司裁判官、島村典男裁判官、西脇典子裁判官(合議)

判例掲載媒体

労働判例1300号75頁

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