【国際取引/国際的裁判管轄】 東京高等裁判所判決 令和2年7月22日

注目する争点

本件訴えにつき、日本に国際的裁判管轄が認められるか(=原告と被告の間で締結した本件MDSAに定められた、カリフォルニア州裁判所を専属的管轄裁判所に指定する定めは有効か

前提事実

東京地方裁判所判決平成28年2月15日、及び、東京地方裁判所判決令和元年9月4日に対する控訴事件)

当事者

  • 原告(控訴人)は、半導体の電子部品の製造・販売・輸出入、電子精密機械の製造・販売・輸出入等を業とする株式会社。
  • 被告(被控訴人)は、コンピュータ及びその周辺機器、コンピュータプログラム並びに通信機器等の製造、売買、輸出入等を業とする米国の株式会社。

事案の概要

  • 本件は、被告のサプライヤーとして、被告のパソコン用部品の製造・供給を継続的に行っていた原告が、被告から、電源アダプタ等に用いられるプローブピン(ポゴピン)の新型である「C6」(本件ピン)の開発・製造の依頼を受け、これを開発し、被告の要請に従って量産体制を整えたにもかかわらず、突然被告からの発注が停止されたため(本件取引停止)、発注を再開等してもらうために、やむを得ず被告からの代金減額要求(本件減額要求)及びリベート支払要求(本件リベート要求)に応じたところ、①被告の本件取引停止は、継続的契約関係に基づく善管注意義務違反及び不当な単独の取引拒絶行為(独禁法2条9項6号、公取一般指定第15号2項)に該当し、また、②被告の本件減額要求は独禁法2条9項5号ハの規制する優越的地位の濫用行為に、本件リベート要求は、同号ロ又はハの規制する優越的地位の濫用行為に、それぞれ該当するものと主張して、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償金15億0400万円及び7802万9357.8米ドル並びにこれらに対する平成26年10月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案。

中間判決に至る経緯

  • 被告は、本件訴えは「原告・被告間における国際的裁判管轄に関する合意」に反して提起された不適法な訴えであると主張して、本件訴えの却下を求めた。そこで、裁判所が、当該本案前の抗弁に限り、中間の争いとして判断。東京地方裁判所判決(中間判決)平成28年2月15日は、国際的裁判管轄が日本にあるものと認めた。

被告の主張する「原告・被告間における国際的裁判管轄に関する合意」

  • 原告及び被告は、平成21年9月、被告の製品で使用するための部品の開発・供給等についての両当事者間の基本契約であるMaster Development and Supply Agreementを締結した(本件MDSA)。なお、同契約の発効日は平成20年6月3日とされている。
  • 本件MDSAには、概要以下の規定がある(一般条項12項、本件条項
  • a 両当事者間に紛争が生じる場合、両当事者は、紛争を解決するために各当事者の代表として指名される両当事者の1名ずつの上級管理職によりまず当該紛争の解決を図るよう試みることに合意する。
  • b 苦情を申し立てる当事者から相手方への書面通知後60日以内に両当事者がそのような手続きでは解決できない場合、両当事者はカリフォルニア州サンタクララ郡又はサンフランシスコ郡で実施される拘束力のない調停により当該紛争の解決を求めるものとする。
  • c 両当事者が調停の開始後60日以内に紛争を解決することができない場合、いずれの当事者もカリフォルニア州サンタクララ郡の州又は連邦の裁判所(カリフォルニア州の裁判所)で訴訟を開始することができる。両当事者は当該裁判所の専属的裁判管轄権に取消不能で付託し、当該裁判所に提起される訴訟や訴訟手続きにおける最終判決が確定的となるものであること、及び、当該判決(当該判決の謄本は当該判決の決定的な証拠となるものとする)に基づく訴訟によるか又は法律で定められるその他の方法により、当該判決をその他のどの法域でも強制執行できることに合意する。
  • d 各当事者は適用される法律上認められる可能な限り最大限の範囲で次の各号を取消不能で放棄する。(Ⅰ)上記の裁判所に裁判地を設定することに対してする異議申立て、(Ⅱ)かかる訴訟や訴訟手続きが不便な裁判地に提起されている旨の主張(以下略)
  • e 紛争について別の書面による契約が適用されない限り、紛争が本契約に起因もしくは関連して生じているかどうかにかかわらず、本条の条件が適用される。

規範・あてはめ

専属的国際裁判管轄合意の有効性判断(規範)

  • 企業同士の契約においては、当事者双方がその取引関係に入るか否かについての選択の自由を持ちつつ、各自がお互いの利益を最大化するために最良の選択であるとの判断の下に契約条件を決定して取引を行うのであって、契約条項の解釈に当たっても、原則として条項の文言に忠実に解釈し、当事者の意思をできるだけ尊重すべきである。
  • ただ、国際裁判管轄の合意については、裁判を受ける権利が不当に奪われないように配慮される必要もある
    • このような趣旨から、民事訴訟法3条の7は、国際裁判管轄に関し、当事者の管轄合意を尊重しつつも、「一定の法律関係に基づく訴え」に関し、かつ「書面」による合意でなければならないと規定しているところである。
    • しかし、同条の規定は、改正附則2条2項により、これが施行された平成24年4月1日より前にされた特定の国の裁判所に訴えを提起することができる旨の合意については適用を排除されているから、平成21年9月に締結された本件条項を含む本件MDSAにこの直接適用がないことは明らかであり、国際裁判管轄に係る管轄合意である本件条項の有効性は、条理に基づき判断すべきと解するほかない。
  • ある訴訟事件について本邦の裁判所の国際裁判管轄権を排除し、特定の外国の裁判所だけを第一審の管轄裁判所として指定する国際裁判管轄合意は、①当該事件が本邦の裁判権に専属的に服するものではなく、かつ、②指定された外国の裁判所が、その外国法上、当該事件について管轄権を有する限り、原則として有効であると解するべきである(最高裁判所昭和50年11月28日第三小法廷判決・民集29巻10号1554頁参照)。
  • 上記合意が「ある訴訟事件について」の管轄合意である以上、その対象は一定の法律関係に基づく訴えとして特定されることを要するのであって(一定性の要件)、管轄合意の対象が一定の法律関係に基づく訴えとして特定されていないならば、そのような管轄合意は無効であるというべきである。そうでなければ、管轄合意の当事者において、どのような紛争についてその管轄合意の効力が及ぶかを予測することが困難となり、不測の損害を被らせるおそれがあるからである。

本件条項の有効性(あてはめ)

  • 本件条項は、当事者間の紛争について訴訟を提起する場合には、カリフォルニア州の裁判所が専属的管轄権を有すると定め(本件条項c)、その条項が、「紛争について別の書面による契約が適用されない限り、紛争が本契約に起因もしくは関連して生じているかどうかにかかわらず、本条の条件が適用される」とする(本件条項e)。
  • そうすると、上記条項を文言どおりにそのまま適用するならば、本件MDSAの契約当事者である控訴人と被控訴人との間の紛争については、別の書面による契約で除外されない限り、全ての紛争について、カリフォルニア州の裁判所が専属的管轄権を有することとなり、これでは、本件条項の適用対象が一定の法律関係に基づく訴えとして何ら特定されていないこととなって、公序に反することが明らかである。
  • ただ、前記のとおり、契約の条項は、当事者の予測可能性を踏まえながらなるべく当事者の合理的な意思を尊重して解釈すべきであり、殊に、企業間の契約に当たっては、その合意を無効としたり改変して解釈することは、当事者の予測可能性を害することがあるから、その必要性がある限度に限られるべきである。
    • そこで検討するに、本件条項は、本件MDSAの別紙2の規定の一部であり、本件MDSA本体の合意条項の規定によって本件MDSAの本体の合意の一部として組み込まれたものである。
    • そして、本件MDSAの契約当事者双方の本件MDSAの締結時の意思としては、本件条項を含む本件MDSAを締結したのであるから、控訴人と被控訴人との間の紛争全てについてカリフォルニア州の裁判所が専属的管轄権を有することを合意したものであるが、本件条項のうち、「紛争について別の書面による契約が適用されない限り、紛争が本契約に起因もしくは関連して生じているかどうかにかかわらず、本条の条件が適用される」とする部分(本件条項e)は、一定性の要件を害するものとして無効というべきであるけれども、
    • 本件条項eは、内容的にも独立性があり、これを除いた本件条項について、少なくとも本件MDSAに起因して又は関連して生じた紛争については、カリフォルニア州の裁判所に専属的合意管轄を定めるものと解釈することは、当事者の意思に反するものではなく
    • むしろ、本件MDSAの一部をなす本件条項により、本件MDSAに起因して又は関連して生じた紛争について、そこで定められた裁判所が専属的管轄を有するとしても、契約当事者の意思に沿うものであり、そのことも十分に予測可能であって、不測の事態は生じないといえる。
    • したがって、本件条項のうち、本件条項eを除く部分は、本件MDSAに起因して又はこれに関連して生じた紛争についての紛争解決手順及び専属的合意管轄を定める合意として一定性の要件を満たし、有効であると解すべきである。

控訴人の反論(一部)

  • 控訴人は、本件で控訴人が主張する不法行為は被控訴人による独占禁止法違反を内容とするものであるところ、カリフォルニア州の裁判所において判断することは事実上不可能であり、また、このような訴えについて本邦の裁判所の裁判権を否定する合意を是認するならば、絶対的強行法規である独占禁止法の適用を潜脱させることとなるから、本件条項は公序に反し無効であると主張する。
    • しかしながら、本件訴えは、独占禁止法を直接の根拠とする請求(同法24条又は25条による請求)に係るものではなく、一般の不法行為及び債務不履行に基づく損害賠償の請求に係るものであり、そのうち不法行為を基礎づける違法性の内容として独占禁止法に違反すると主張するに過ぎない。
    • したがって、上記のような独占禁止法を直接の根拠とする請求に係る訴えについてどのように解すべきかはともかく、本件訴えは、そのような訴えではないから、本邦の裁判権に専属的に服すると解すべきではないし、外国の裁判所に専属的管轄を認める合意も公序に反するものではない。この点に関する控訴人の主張は採用できない。

結論

  • 本件条項は、本件MDSAに起因して又はこれに関連して生じた紛争について、カリフォルニア州の裁判所に専属的管轄を定める合意と限定的に解する限度で有効というべきであり、これが本件訴えにも適用されるというべきである。
  • したがって、本件訴えは、その全部が、カリフォルニア州の裁判所の専属的管轄に属するものであるから、本邦の裁判所は国際裁判管轄権を有しないものである。すなわち、本件訴えは、その全部が不適法なものといわざるを得ない。
  • 控訴人の本件訴えは不適法であるからこれを却下すべきところ、これと異なり、本件条項につき一定の法律関係に基づくものとは認められないとして無効と判断し、本案の判断をした原判決は不当であるから、被控訴人の本件附帯控訴は理由があり、控訴人の本件控訴は理由がない。よって、被控訴人の本件附帯控訴に基づいて原判決を取り消した上、控訴人の本件訴えを却下し、控訴人の本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

担当裁判官

近藤昌昭裁判官、渡辺左千夫裁判官、守山修生裁判官

判決掲載媒体

判例時報2491号10頁

顧問契約のご用命は、宮武国際法律事務所までご連絡下さい

宮武国際法律事務所(弊所)は、企業のお客様からのみご相談・ご依頼を承っている、さいたま市大宮区所在の法律事務所です。

弊所は、企業の国内ビジネスに関するご相談のほか、海外ビジネスに関するご相談も乗れる点に特徴があります。筆者は、JETRO埼玉などで、多数、海外取引に関する講演を実施しています。筆者の経歴はこちらから確認ができます。顧問契約のお問い合わせについてはこちらからお願いします。

このウェブサイトは、宮武国際法律事務所の顧問契約の専用サイトです。宮武国際法律事務所のコーポレートサイトへは、以下のボタンをクリック頂くことで移動できます。