【国際取引/準拠法】 東京地方裁判所判決 令和元年9月4日

注目すべき争点

  1. 当事者間の契約書に定められた準拠法合意に基づき原告の被告に対する債務不履行責任に基づく損害賠償請求はカリフォルニア州法によって所管されるか
  2. カリフォルニア州法の「黙示的誓約」に基づき発注予測は被告の原告に対する製品の発注義務を生じさせるか
  3. 原告の被告に対する契約的不法行為の準拠法を決定するに当たり通則法17条と通則法20条のいずれが適用されるか
  4. 優越的地位の濫用を規制する法規範によって保護される権利利益(原告が主張する保護法益)は、被告の原告に対する取引的不法行為とは別個の法律問題を構成するか

前提事実

当事者

  • 原告は、半導体の電子部品の製造・販売・輸出入、電子精密機械の製造・販売・輸出入等を業とする株式会社。
  • 被告は、コンピュータ及びその周辺機器、コンピュータプログラム並びに通信機器等の製造、売買、輸出入等を業とする米国の株式会社。

事案の概要

  • 本件は、被告のサプライヤーとして、被告のパソコン用部品の製造・供給を継続的に行っていた原告が、被告から、電源アダプタ等に用いられるプローブピン(ポゴピン)の新型である「C6」(本件ピン)の開発・製造の依頼を受け、これを開発し、被告の要請に従って量産体制を整えたにもかかわらず、突然被告からの発注が停止されたため(本件取引停止)、発注を再開等してもらうために、やむを得ず被告からの代金減額要求(本件減額要求)及びリベート支払要求(本件リベート要求)に応じたところ、①被告の本件取引停止は、継続的契約関係に基づく善管注意義務違反及び不当な単独の取引拒絶行為(独禁法2条9項6号、公取一般指定第15号2項)に該当し、また、②被告の本件減額要求は独禁法2条9項5号ハの規制する優越的地位の濫用行為に、本件リベート要求は、同号ロ又はハの規制する優越的地位の濫用行為に、それぞれ該当するものと主張して、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償金15億0400万円及び7802万9357.8米ドル並びにこれらに対する平成26年10月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案。

規範・あてはめ

争点1について

  • 原告及び被告は、本件準拠法条項を含む本件MDSAを締結しているところ、本件準拠法条項によれば、原告及び被告は、本件MDSAに基づく原告及び被告の権利義務の準拠法としてカリフォルニア州法を選択したものと認められる。原告が主張する債務不履行に基づく損害賠償請求の内容は、本件MDSAに基づく権利義務にほかならないから、その準拠法は、通則法7条によりカリフォルニア州法となる。
  • 原告は、本件準拠法条項は、被告による優越的地位の濫用に基づき定められた原告にとって不利益なものであって、合意の意思形成過程に瑕疵があるため無効であり、原告の被告に対する債務不履行に基づく損害賠償請求については通則法8条1項及び2項が適用され、日本法が準拠法となると主張する。
    • しかし、原告は、被告との間で本件MDSAを締結するに先立ち、本件準拠法条項を含め、その内容について検討したが、被告に対して特段の異議を述べなかったものであることが認められる。
    • また、原告が資本金9000万円(平成26年当時)のいわゆる中小企業であるのに対し、被告は日本でも事業を大きく展開する世界的な大企業であるが、本件全証拠によっても、被告がその優越的地位を濫用して本件準拠法条項を定めたとは認められないし、そもそも、原告においてカリフォルニア州法の調査及び検討をすることが特に困難であることが窺われるような事情はなく、法令調査及び検討の負担をもって直ちに原告に対して過大な負担を課すものとはいえない
    • 日本法とカリフォルニア州法それぞれの内容を比較して、カリフォルニア州法が原告にとって特に不利な内容を定めていることを基礎づける事情もない
    • したがって、本件準拠法条項は原告に特に不利益とはいえず、原告の上記主張は採用することができない
  • 通則法42条は、外国法の適用結果が公序に反する場合にその適用を排除する規定であり、外国法の規定そのものが公序に反する場合を想定するものではないから、日本法における継続的契約の法理に相当する内容がカリフォルニア州法に存在しないからといって、同法の適用が通則法42条によって排除されるということはないというべきである。

法の適用に関する通則法

(当事者による準拠法の選択)

第7条  法律行為の成立及び効力は、当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法による。

(当事者による準拠法の選択がない場合)

第8条  前条の規定による選択がないときは、法律行為の成立及び効力は、当該法律行為の当時において当該法律行為に最も密接な関係がある地の法による。

2  前項の場合において、法律行為において特徴的な給付を当事者の一方のみが行うものであるときは、その給付を行う当事者の常居所地法(その当事者が当該法律行為に関係する事業所を有する場合にあっては当該事業所の所在地の法、その当事者が当該法律行為に関係する二以上の事業所で法を異にする地に所在するものを有する場合にあってはその主たる事業所の所在地の法)を当該法律行為に最も密接な関係がある地の法と推定する。

(公序)

第42条  外国法によるべき場合において、その規定の適用が公の秩序又は善良の風俗に反するときは、これを適用しない。

争点2について

  • 原告の被告に対する本件MDSAの債務不履行に基づく損害賠償請求については、カリフォルニア州法が準拠法となるから、同法に従って被告の債務不履行の有無を検討する。
  • カリフォルニア州法では、全ての契約には黙示的誓約が存在し、契約の一方当事者は、他方当事者から契約の利益を奪うようなことは行わないという義務を負うが、黙示的誓約の規律する範囲は、当該契約の目的及び明示条件によって画され、当該契約の目的や契約内に設けられた条項に反する内容の黙示的誓約は成立しないものと解するべきである。
  • 本件MDSA及び本件SOWの定めに鑑みれば、発注予測は、文字どおり飽くまでも将来の発注数量の目安を推測したものにすぎず、予測で示された数量とは異なる数量の発注が行われることもあり得ることは当然に予定されていたものというべきである。
  • そして、被告が予め将来の発注数量の目安を明らかにすることにより、原告は、将来の発注に対応すべく準備する期間を得ることができるし、また、原告において被告が予測で示した発注数量を受注することができないという見通しを持った場合には、将来の発注及び供給の計画について原告と被告との間で協議を行い、原告にとっては採算の取れない本件ピンの製造及び販売を強いられることを防ぐことができ、被告にとっては本件ピンの安定供給を得ることができるのであるから、上記のように解したとしても、本件MDSAの合意内容が架空のものになるとはいえない。
  • 本件MDSAの定め及び被告による発注予測の提示が上記のような趣旨のものであることからすると、被告は、原告に対し、発注予測として提示した数量を現実に発注する義務を負うものではなかったというべきである。
    • 被告は、平成24年1月、原告に対し、本件ピンの発注予測を提示し、その後、原告から、本件ピンの発注予測の数量が1か月当たり■■■セットでよいか確認を求められると、是非とも■■■セット必要である旨を回答したが、一転して、同年8月の発注数量を■■■セットとし、その後発注数量を減少させたものであるところ、上記のとおり、被告は、原告に対し、発注予測として提示した数量を現実に発注する義務を負うものではないから、被告による同年8月以降の発注数量の減少(本件取引停止)が本件MDSAの黙示的誓約に反するとはいえない。
    • 原告は、本件ピンの生産能力を■■■セットに増加させるため、NCマシンを大量に購入するなどといった追加の設備投資を要したことから、被告に対し、発注予測の数量が正確であるか複数回確認したにもかかわらず、間もなくして発注数量が大幅に引き下げられたなどといった事情が認められるところ、被告が、本件MDSAの黙示的誓約により、■■■を負っていたと解したとしても、本件MDSAにおいて、原告が被告の発注予測を満足させる数量の本件ピンを製造する義務を負っていたとは解されない一方、上記で説示したとおり、被告は原告に対して発注予測で示した数量の本件ピンを現実に発注する義務を負うものではなく、また、平成24年8月の「A」の売上減少に伴い発注数量が減少した等の被告の説明には一定の合理性があるから、同月の発注数量を発注予測から大幅に引き下げたことが、上記義務に違反していたとは解し難い。
    • したがって、原告の被告に対する債務不履行に基づく損害賠償請求は理由がない。

争点3について

  • 不法行為によって生ずる債権の成立及び効力についての原則的な準拠法を定めた通則法17条本文によれば、本件各不法行為に基づく損害賠償請求権の成立及び効力は、本件各不法行為の結果である原告の損害が発生した地である日本法によることとなる。
  • 通則法20条は、その文理から明らかなように、「当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたこと」を密接関連地と判断するための要件とするものではなく、これを例とする諸事情に照らし、通則法17条ないし19条により適用すべきとされる法の属する地と比較して、明らかに密接関連地に当たるときは、当該密接関連地の法を準拠法とすることを定めるものである。
    • 原告の主張する本件各不法行為の内容は、①平成24年8月に本件ピンを■■■セットしか発注せず、同年9月以降は低調な発注しかしなかったこと(本件取引停止)、②本件ピンの1本当たりの価格について従前被告が提示していた■■■ドルから更なる減額を要求したこと(本件減額要求)及び③リベートとして159万4257.80ドルの支払を要求したこと(本件リベート要求)から成るところ、被告の上記各行為は、いずれも本件MDSAに基づく個別の取引の過程において行われたとされるものである。いずれも、本件MDSAの趣旨及び目的や、本件MDSAに定められた各条項が原告及び被告に課す義務の内容に照らし、被告が原告に対して負うべき義務の範囲を画することによって、不法行為該当性を判断することが可能になるものであり、本件MDSAと切り離しては不法行為該当性の判断ができない性質を有するものというべきである。そして、本件MDSAは、本件準拠法条項により、その準拠法をカリフォルニア州法としている。
    • これらの事情によれば、本件各不法行為に基づく損害賠償請求権の成立及び効力は、日本と比較して、本件MDSAの本件準拠法条項によって準拠法として選択されたカリフォルニア州法が属する地であるカリフォルニア州とより密接な関係を有することが明らかであるから、通則法20条が適用され、その準拠法はカリフォルニア州法となるものというべきである。

法の適用に関する通則法

(不法行為)

第17条  不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による。 ただし、その地における結果の発生が通常予見することのできないものであったときは、加害行為が行われた地の法による。

(明らかにより密接な関係がある地がある場合の例外)

第20条  前三条の規定にかかわらず、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、不法行為の当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと、当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたことその他の事情に照らして、明らかに前三条の規定により適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある他の地があるときは、当該他の地の法による。

争点4について

  • 被侵害利益の存否及び内容の準拠法について渉外的な法律関係において、ある一つの法律問題(本問題)を解決するためにまず決めなければならない不可欠の前提問題があり、その前提問題が国際私法上本問題とは別個の法律関係を構成している場合、その前提問題は、本問題の準拠法によるのでも、本問題の準拠法が所属する国の国際私法が指定する準拠法によるのでもなく、法廷地である我が国の国際私法により定まる準拠法によって解決すべきである(最高裁平成7年(オ)第1203号平成12年1月27日第一小法廷判決・民集54巻1号1頁)。
    • 原告は、優越的地位の濫用を規制する法規範によって保護される権利利益が本件各不法行為における被侵害利益であるという主張を前提に、このような権利利益の存否及び内容は、不法行為に基づく損害賠償請求権の成否とは別個の法律問題を構成するから、その前提問題として、不法行為に基づく損害賠償請求とは別に準拠法が決定されるべきであると主張する。
    • しかし、原告の上記主張の実質は、優越的地位の濫用を規制する法規範によって創設され、又はその保護が宣言される具体的な権利利益が存在することを指摘するのではなく、本件MDSAに基づく取引関係にある当事者間における不法行為が問題となる場面において、優越的地位の濫用を規制する法規範の規定内容を説明道具として介在させることによってその存在が導かれる経済的利益をもって、本件各不法行為の被侵害利益とすべきであるというものにすぎないというべきである。そして、このような権利利益は、物権の得喪や親族関係のように、他者から侵害されたか否かという場面を離れてその存否及び内容が独立の問題となり得る権利利益とは異なり、それが他者から侵害されたか否かという場面で初めて問題となり、侵害の態様やその程度に応じてその外縁が画されるという性質を有するものということができる。
    • したがって、原告が本件各不法行為における被侵害利益として主張する上記権利利益の存否及び内容は、それに対する侵害の問題と表裏一体の関係にあるということができ、同権利利益の存否及び内容そのものが独立の問題となることが考えられないものである。そうすると、原告が被侵害利益として主張する上記権利利益の存否及び内容は、不法行為に基づく損害賠償請求権の成否とは別個の法律関係を構成しているとはいえず、不法行為に基づく損害賠償請求権の成否の前提問題として、それとは別に準拠法を定めるべき場合には当たらないものというべきである。
    • よって、本件各不法行為によって侵害される権利利益は、本件各不法行為に基づく損害賠償請求とは別個に準拠法を定めるべきではなく、上記権利利益の存否及び内容を含む本件各不法行為に基づく損害賠償請求全体について、通則法20条により、カリフォルニア州法が準拠法となるというべきである。

担当裁判官

品田幸男裁判官、長谷川秀治裁判官、上野瑞穂裁判官

判決掲載媒体

判例タイムズ第1493号236頁

関連判例

中間判決: 東京地方裁判所判決平成28年2月15日

控訴審判決: 東京高等裁判所判決令和元年9月4日

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