【商標】 大阪地方裁判所判決 令和5年11月30日

注目する争点

  1. 被告商標につき被告に先使用権が認められるか
  2. 本件商標権に基づく本訴請求は権利の濫用に当たるか

事案の要旨・背景事情

事案の要旨

  • 本件は、原告が、葬祭業等を営む被告に対し、別紙被告標章目録記載の標章(被告標章)が付された壁面看板の展示やパンフレットの使用等を行った被告の行為は、原告の別紙商標権目録記載の商標権(本件商標権、本件商標権に係る商標を本件商標)を侵害するものであるとして、商標法(法)36条1項に基づき、上記展示等の行為の差止めを求めるとともに、同条2項に基づき、被告標章を付した宣伝広告物の廃棄を求める事案である。

商標法
第36条(差止請求権) 商標権者又は専用使用権者は、自己の商標権又は専用使用権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2 商標権者又は専用使用権者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の予防に必要な行為を請求することができる。

当事者等

  • 原告は、葬儀の請負等を業とする株式会社であり、P1が代表者を務めている。
  • 被告は、葬儀式場の提供、葬祭業及び葬祭・式典の請負等を業とする株式会社であり、P2が代表者を務めている。
  • P3は、有限会社みと大協(みと大協)の代表者である。

被告による被告標章の使用経緯

  • みと大協は、平成3年1月30日の法人化の前後を通じて、葬儀業を営んできたところ、平成12年には、福田工業株式会社(福田工業)の支援を受けることになり、同社のグループ会社である有限会社福田商事(福田商事)が所有する建物を改装した葬儀会館(大阪府八尾市〈以下略〉所在、本件会館)を賃借して、葬儀業を営むこととなった。
  • 本件会館には「メモリアルホール久宝殿」との名称が付され、同名称には「久宝殿」の標章(被告標章と同一)が含まれていた。
  • みと大協は、平成28年頃から経営状況が悪化し、これに伴い、令和2年には福田工業からの支援が打ち切られ、福田商事との間の本件会館の賃貸借契約も解約された。
  • その後、同年7月31日付けで、福田商事と被告との間で本件会館の賃貸借契約が締結され、みと大協は、同年8月31日までに本件会館から退去した。そして、同年9月頃以降に、被告が、被告標章を含む名称(メモリアルホール久宝殿)が付された本件会館において葬儀業を営むようになった

原告による商標登録及び原告会館の開業

  • 原告は、令和2年9月17日に「久宝殿」(標準文字)との商標の登録出願(指定役務:葬儀・法要の相談又は企画、葬儀・法要の執行、葬儀・法要のための施設の提供、葬儀・法要のための祭壇の貸与)をし、令和3年8月23日に登録されており、現在、本件商標権を有している(争いがない)。
  • 原告は、令和4年4月29日、本件会館から数百メートル離れた場所に、「サクラホール久宝殿」との名称の葬儀会館(東大阪市〈以下略〉所在、原告会館)を開業した。

本件商標と被告標章の対比及び被告による被告標章の使用

  • 本件商標と被告標章は、いずれも「久宝殿」の文字から成り、「キュウホウデン」との称呼が生じ、久宝寺という地域における葬儀場であるとの観念が生じるものであって、両者は類似している(争いがない。)。
  • 被告は、本件商標の指定役務と同一の役務に関して、被告標章を付した印刷物、看板その他の宣伝広告物を製造し、展示している。

規範・あてはめ

争点1(被告商標につき被告に先使用権が認められるか)

商標法
第32条(先使用による商標の使用をする権利)
 他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際(第9条の4の規定により、又は第17条の2第1項若しくは第55条の2第3項(第60条の2第2項において準用する場合を含む。)において準用する意匠法第17条の3第1項の規定により、その商標登録出願が手続補正書を提出した時にしたものとみなされたときは、もとの商標登録出願の際又は手続補正書を提出した際)現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその商品又は役務についてその商標の使用をする場合は、その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。当該業務を承継した者についても、同様とする。
2 当該商標権者又は専用使用権者は、前項の規定により商標の使用をする権利を有する者に対し、その者の業務に係る商品又は役務と自己の業務に係る商品又は役務との混同を防ぐのに適当な表示を付すべきことを請求することができる。

第4条(商標登録を受けることができない商標)
1 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。

十 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの

  • 被告は、葬儀会社の需要者は、主として葬儀会館の周辺地域に居住する者であるとした上で、一般に、葬儀会社の商圏は、葬儀会館を中心として半径2km程度といわれているから、当該地域を周知性が求められる地理的範囲として、被告標章に係る先使用権の有無を判断すべきである旨主張する。
    • この点、葬儀はその施行の必要が予測不可能である一方で、一旦不幸があれば直ちにその施行が求められるという性質を有することを踏まえて、主として葬儀会館の周辺地域に居住する者が需要者として想定されるということについては、一定の合理性が認められる。
    • しかしながら、ある標章につき先使用権が認められた場合、未登録でありながら、登録商標が有する禁止権の効力を排除して当該標章の使用が許されることになり、商標権の効力に対する重大な制約をもたらすことになる。
    • かかる重大な制約に鑑みると、法32条1項前段にいう「需要者の間に広く認識されている」の地理的範囲につき、法4条1項10号におけるものよりも緩やかに解する余地があるとしても、独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営するウェブサイトにおける「業種別開業ガイド」の「葬祭業」のページにおいて「斎場事業は、商圏範囲が2キロメートル、人口3万人に1会館を1つの目安とする。」と記載されていることをもって、葬儀会社の商圏が半径2km程度であるとして、被告標章につき本件会館を中心として半径2km程度の範囲で周知されていれば足りると判断することは相当ではない
  • 本件会館における平成28年から令和2年までの葬儀の全施行件数(567件)のうち、葬儀申込者の居住地が半径2km圏内に存在する件数が約82%(464件)を占めているが、上記圏外の件数が2割弱も存在すること、みと大協が近隣地区のみならず大阪地域ないし東大阪・八尾の相当程度広い地域を対象とした宣伝広告活動も行っていたことを考慮すると、みと大協が被告標章と同一の「久宝殿」との標章をその業務(葬儀業)に使用していた地理的範囲は、おおむね東大阪市及び八尾市の全域(本件会館から最大で約10km圏内に相当する)と考えられるから、先使用権が認められるための要件としての周知性についてはその範囲において検討されるべきである。
  • そして、平成28年から令和2年までのみと大協の葬儀の施行実績(年順に、127件、102件、137件、124件、77件〔令和2年8月頃まで〕)は、東大阪市及び八尾市における死亡者数の8割(年順に、6258人〔1人未満切捨て。以下同じ。〕、6211人、6452人、6522人、4481人〔令和2年8月までとして、年全体の3分の2〕)を基準とした場合、そのうち約2%にすぎない上、本件会館の半径2km圏内における他社の葬儀会館の数は、東大阪市内に4件、八尾市内に5件であって、これらの葬儀会館における本件会館のシェアは明らかではないところ、上記の範囲が半径3km圏内に拡大するだけでも、他社の葬儀会館の数は東大阪市内に12件程度、八尾市内に14件程度に増加し、これらの葬儀会館における本件会館のシェアはより縮小することになる。しかも、みと大協は、平成28年頃から経営状況が悪化し、福田商事に支払う本件会館の使用料も以前より大きく減少していることから、令和2年当時の本件会館のシェアはさらに縮小していた可能性がある。
  • 以上のことからすると、仮に、東大阪市及び八尾市全域という地理的範囲における先使用権の成立が許容され得ることを前提として、本件会館が、平成12年から「メモリアルホール久宝殿」との名称で約20年にわたり葬儀会館として使用されてきたこと、「久宝殿」との標章(被告標章)が一定程度の識別力を有することを考慮しても、被告標章は、本件商標の登録出願(令和2年9月17日出願)の際、当該範囲において、現に需要者の間に広く認識されていたとは認められない。
  • したがって、被告が、みと大協から「当該業務を承継した者」(法32条1項後段)に当たるか否かを検討するまでもなく、被告標章につき被告に先使用権が認められるとの被告の主張(抗弁)は理由がない。

争点2(本件商標権に基づく本訴請求は権利の濫用に当たるか)

  • 「久宝殿」との標章は、みと大協が平成12年から約20年にわたり使用し続け、その信用が化体したものといえるところ、みと大協の代表者であるP3は、令和2年8月に、P1から、原告において「久宝殿」の商標登録をしてよいかどうか尋ねられたのに対し、「いいんじゃないですか。」などと回答し、同年9月にP1から改めて確認された際にも、これに反対するようなことはしていない。
  • さらに、令和4年4月に至って、P1がP3に「久宝殿の商標登録の件で当初P3さんと私の話の中で久宝殿の商標登録申請を許可いただいたので私は申請しました。」などと確認したのに対し、P3は「私の無知な為にご迷惑をおかけし申し訳ありません久宝殿の名称につきましてはみと大協にはなんの権利もないことが弁護士の先生からお聞きして権限はP4氏にあり」と返信し、P1が指摘する事実関係自体は否定せずに、みと大協には権利がないと弁護士から聞いた旨回答していることからすると、令和2年8月の時点では、P3は、みと大協の代表者である自身に「久宝殿」との標章につき使用許諾権限があると考え、それを前提に、P1に対して「(商標登録をしても)いいんじゃないですか。」などと回答したことが認められる。
  • そして、原告は、既に本店所在地(大阪市〈以下略〉)において葬儀会館を営んでいたが、上記のP3からの回答を踏まえて、令和2年9月17日に本件商標の登録出願をし、令和3年8月23日の商標登録により本件商標権を取得し、約1億2000万円の資金を投じて、東大阪市〈以下略〉の敷地を取得し、「サクラホール久宝殿」との名称の原告会館を開業したものである。
  • そもそも、原告が、本店所在地にある既存の葬儀会館から地理的にやや離れた東大阪市〈以下略〉に原告会館を建設しようと考えたのは、本件会館から退去させられる旨をP3から聞いたP1が、P3の協力のもと、原告において「久宝殿」との標章を用いて葬儀会館を運営することが目的であったと考えられるところ、P3の了解を得た上で行った本件商標の登録出願は、上記の目的を果たすべく、自己の権利を守るためにとった行動と認められ、不当なものとはいえない
  • そうすると、本件商標の登録出願及び本件商標権の取得につき、原告において殊更に被告の権利を妨害しようとする意図を有していたとは認められず、原告の被告に対する本件商標権の行使が権利の濫用に当たるとは認められない

担当裁判官

武宮英子裁判官、阿波野右起裁判官、峯岸一郎裁判官

判決掲載媒体

判例時報2608号86頁、判例秘書(L07851097)

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