【独禁】 東京地方裁判所判決 令和3年9月30日
注目する争点
- 本件設計変更に正当化理由があるか
- 本件設計変更が抱き合わせ販売等に当たるか(独禁法2条9項6号ハ・一般指定10項)
- 本件設計変更により原告らに著しい損害を生じるおそれがあるか(独禁法24条)
事案の要旨・背景事情
事案の要旨
- 本件は、被告の製造するインクジェットプリンタにおいて使用可能なインクカートリッジ(カートリッジ)の製造販売を行っている原告らが、
- 被告が、その製造販売する5種類のインクジェットプリンタについて、
- 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独禁法)に違反(抱き合わせ販売等〔独禁法2条9項6号ハ、不公正な取引方法〔昭和57年公正取引委員会告示第15号。以下一般指定〕10項〕又は競争者に対する取引妨害〔独禁法2条9項6号へ前段、一般指定14項〕に該当し、独禁法19条に違反)して、
- 合理的な理由なく設計変更(本件設計変更)を行い、原告らの製造するカートリッジを認識しないようにすることにより、
- 原告らを上記各プリンタにおいて使用可能なカートリッジの市場から不当に排除したなどと主張して、
- 被告に対し、①独禁法24条に基づき、上記各プリンタに上記設計変更を行うことの差止めを求めると共に、
- ②原告エレコム株式会社が、被告に対し、上記独禁法違反の不法行為に基づく損害賠償として、損害合計1572万9364円及びこれに対する不法行為の日以後である訴状送達の日の翌日(令和2年2月1日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
当事者
- 原告カラークリエーション株式会社(原告カラークリエーション)は、カートリッジやOAサプライ用品の販売、輸出入等を目的とする株式会社であり、被告が製造するインクジェットプリンタ用のカートリッジの輸入、販売等を行っている。
- 原告エレコム株式会社(原告エレコム)は、OAサプライやOA機器の開発、製造、販売等を目的とする株式会社であり、被告が製造するインクジェットプリンタ用のカートリッジの販売等を行っている。
- 被告は、プリンタや複合機等の通信・プリンティング機器の製造及び販売を主たる業とする株式会社である。
規範・あてはめ
争点1(本件設計変更に正当化理由があるか)
- 被告のホームページにおいては、本件設計変更によって表示されるエラーメッセージについて、互換品カートリッジを使用していることが原因である可能性を説明しており、互換品カートリッジの使用の排除が強く意識されていることが認められる(※)。
- そもそも、プリンタ及びその純正品カートリッジの製造業者と互換品カートリッジの製造業者とは、信頼性及び価格の点において競争関係にあり、プリンタ及びその純正品カートリッジの製造業者は、プリンタの仕様を変更することによって、互換品カートリッジ製造業者に対し、発売された上記プリンタを入手し、その仕様変更の内容を分析し、これに適合した新たな互換品カートリッジを開発し、製造する作業が必要となる状況を作出できるという関係にある。
- 加えて、インクジェットプリンタでは、一定以上の期間使用する場合、一般に、プリンタ本体よりもカートリッジの買替え費用の方が高額になるところ、プリンタ及びその純正品カートリッジの製造業者は、我が国においては、これまで、顧客へのプリンタの販売価格を抑えて販売台数を増やし、比較的利益率の高いカートリッジを継続して販売することで、全体として収益を上げるビジネスモデルを用いることが多かったことからすれば(公知の事実)、純正品カートリッジよりも廉価で販売されることが多い互換品カートリッジの売上げが増加することは、上記製造業者にとって、上記ビジネスモデルを成り立たせにくくするという観点からも経済的打撃が大きく、上記製造業者と互換品カートリッジの製造業者との間には、単なるカートリッジの信頼性及び価格の競争関係という以上の構造的な競争関係が存在している。
- 本件設計変更は、既に発売済みで、発売開始から数か月しか経っていない本件プリンタ1から本件プリンタ3までをも対象として行われた。
- このように、
- ①本件設計変更は、原告らと被告との間に構造的な競争関係が存在する中で、具体的な必要性がないにもかかわらず、既に発売されており、かつ発売開始から数か月しか経っていなかった本件プリンタ1から本件プリンタ3までをも対象として行われたものであること、
- ②本件設計変更により定められた本件基準電流量の設定には、被告の主張する目的に照らして合理的な理由が認められず、かえって互換品カートリッジを排除するためには有効に機能することに加え、
- 前記(※)の事情も考慮すれば、
- 本件設計変更は、原告らを含む互換品カートリッジの製造業者に対し、本件設計変更に適合した新たな互換品カートリッジを開発し、製造する作業が必要となる状況を作出することによって、互換品カートリッジの販売を困難にする目的で行ったものと認められる。
- したがって、本件設計変更に正当化理由は認められない。
争点2(本件設計変更が抱き合わせ販売等に当たるか〔独禁法2条9項6号ハ・一般指定10項〕)
私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律
第2条9項 この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。
六 前各号に掲げるもののほか、次のいずれかに該当する行為であつて、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するもの
イ 不当に他の事業者を差別的に取り扱うこと。
ロ 不当な対価をもつて取引すること。
ハ 不当に競争者の顧客を自己と取引するように誘引し、又は強制すること。
ニ 相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもつて取引すること。
ホ 自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること。
ヘ 自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引を不当に妨害し、又は当該事業者が会社である場合において、その会社の株主若しくは役員をその会社の不利益となる行為をするように、不当に誘引し、唆し、若しくは強制すること。
一般指定
10(抱き合わせ販売等) 相手方に対し、不当に、商品又は役務の供給に併せて他の商品又は役務を自己又は自己の指定する事業者から購入させ、その他自己又は自己の指定する事業者と取引するように強制すること。
- 「商品…の供給に併せて他の商品…を自己…から購入させ…ること」(独禁法2条9項6号ハ、一般指定10項)に当たるには、主たる商品の供給に併せて従たる商品を自己から購入させることが必要であるというべきである。そして、主たる商品を購入した後に必要となる補完的商品(従たる商品)に係る市場において特定の商品を購入させる行為もこれに含まれるというべきであり、また、ある商品を購入するに際し、客観的にみて少なからぬ顧客が行為者から従たる商品の購入を余儀なくされるような場合には、当該従たる商品を購入させたと解すべきである。
- これを本件についてみると、本件各プリンタにおいて使用可能なカートリッジ等は、本件各プリンタを購入した後に必要となる補完的商品であると認められるところ、
- 本件設計変更により、本件純正品カートリッジ以外のカートリッジは本件新プリンタにおいて使用不能になり、本件新プリンタの購入者は、本件新プリンタにおいて使用するカートリッジを購入するに際し、本件純正品カートリッジを購入せざるを得なくなったことが認められる。
- したがって、本件設計変更は、「商品…の供給に併せて他の商品…を自己…から購入させ…ること」に当たるというべきである。
- 前記の行為を「不当に」(独禁法2条9項ハ、一般指定10項)行ったとは、当該行為に公正な競争を阻害するおそれがあることをいい、公正競争阻害性の判断に当たっては従たる商品の市場における競争について検討すべきであり、当該行為に正当化理由が認められるか否かも考慮すべきである。
- これを本件についてみると、特定のプリンタにおいて使用可能なカートリッジは一定の範囲のものに限定されるのであるから、需要者からみた商品の代替性の観点から、従たる商品の市場は、被告の製造する本件新プリンタにおいて使用可能なカートリッジ等の市場であるといえる。
- そこで、上記市場における公正な競争を阻害するおそれがあるか否かについて検討すると、本件設計変更により、互換品カートリッジは本件新プリンタにおいて使用することができなくなったのであるから、本件設計変更は、互換品カートリッジ販売業者を上記市場から排除するおそれがある。
- 加えて、本件においては、主たる商品は被告が製造販売する商品であること、原告らを含む互換品カートリッジ販売業者は、上記市場において相当程度高いシェアを有していたといえることが認められる。
- そして、前記のとおり、本件設計変更には、技術上の必要性等の正当化理由は認められないのであるから、
- 本件設計変更には、上記市場における公正な競争を阻害するおそれがあると認められる。
- 以上によれば、本件設計変更は、抱き合わせ販売等に当たるというべきであり、このように独禁法に違反して公正な競争を阻害する行為を行い、競業者に損害を与えることは、競業者である原告エレコムに対する不法行為を構成する。
争点3(本件設計変更により原告らに著しい損害を生じるおそれがあるか〔独禁法24条〕)
私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律
第24条 第8条第5号又は第19条の規定に違反する行為によつてその利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、これにより著しい損害を生じ、又は生ずるおそれがあるときは、その利益を侵害する事業者若しくは事業者団体又は侵害するおそれがある事業者若しくは事業者団体に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
第19条 事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。
- 独禁法24条にいう「著しい損害を生じ、又は生ずるおそれがある」とは、同条所定の独禁法違反行為が、損害賠償請求が認められる場合より高度の違法性を有する場合をいい、その判断においては、当該違反行為及び損害の態様及び程度等を総合考慮して判断すべきものと解される。
- これを本件についてみると、被告の独禁法違反行為は、本件新プリンタに1.5V回路を新たに設けることにより原告らを含む互換品カートリッジ販売業者の販売するカートリッジを本件新プリンタにおいて使用不能な状態にするという態様であり、後記のとおり、原告エレコムは本件設計変更により金銭的損害を被ったことが認められるものの、
- 原告らは、本件設計変更の約3か月後(平成31年3月頃)には本件設計変更に対応し、本件新プリンタにおいて使用可能な互換品カートリッジを販売していることが認められるから、
- 原告らは、本件設計変更により本件新プリンタにおいて使用可能なカートリッジを短期間販売できなかったにすぎず、その金銭的損害が事後的な損害賠償請求等による救済により回復しがたい程度であるとまではいえない。
- また、同月頃以降、本件設計変更による排除効果は失われているところ、被告が、本件設計変更後、本件基準電流量の変更を含む本件新プリンタの設計変更を行ったと認めるに足りる証拠はなく、本件基準電流量が被告ICチップに流れる電流量に基づいて決定されていることにも鑑みると、被告が原告カラークリエーションに対し、本件基準電流量の設定変更を含む本件新プリンタに関する損傷防止機能の更新及びこれに伴う設計変更を決定しており、今後順次実施することになった旨を通知したことから直ちに、被告が今後も本件新プリンタにつき、電流量を検知する機構を設けて、一定以上の電流を検出した場合に、当該カートリッジを認識しない構造とするという態様の独禁法違反行為を行うと認めることはできない。
- したがって、本件設計変更によって原告らに「著しい損害を生じ、又は生ずるおそれがある」とは認められないから、独禁法24条に基づく設計変更の差止めを求める原告らの請求は理由がない。
担当裁判官
朝倉佳秀裁判官、川村久美子裁判官、近江弘行裁判官
判決掲載媒体
判例秘書(L07630666)
顧問弁護士がご入用の際には、宮武国際法律事務所をご検討下さい
宮武国際法律事務所は、企業からの相談・依頼のみをお引受けしている、さいたま市大宮区所在の法律事務所です。弊所の強みは、企業の国内ビジネスに関する相談のみならず、海外ビジネスに関する相談にも乗れる点です。
筆者の経歴は、こちらから確認できます。また、顧問契約の概要は、こちらから確認できます。顧問契約に関するお問い合わせやご相談は、こちらからお申込み下さい。最後に、このウェブサイトは、弊所の顧問契約専用サイトです。弊所のコーポレートサイトへは、以下のボタンをクリックして頂ければ移動できます。