【労働】 東京地方裁判所判決 令和5年12月19日
注目する争点
被告を懲戒解雇された原告に、退職金請求権が認められるか
事案の要旨・当事者等
事案の要旨
- 本件は、令和4年7月7日付けで被告を懲戒解雇された原告が、被告に対し、退職金及びこれに対する遅延損害金の支払を請求する事案である。
当事者
- 被告は、鉄道事業等を業とする株式会社である。
- 原告は、平成7年4月、被告に雇用され、主に車両検査業務に従事し、令和4年当時は□□総合車両所の車両検査主任として勤務していた。
原告の覚醒剤取締法違反事件
- 原告は、平成29年頃から、密売サイトを通じて覚醒剤を購入し、1か月に4回、休前日である金曜日や土曜日に吸引して使用するようになった。
- 原告は、令和4年4月19日、職場を無断欠勤し、交際相手と山中湖へドライブに行った。その際、交際相手は、原告が所持していた鞄の中にチャック付ビニール袋入りの覚醒剤(0.147グラム)と吸引具等を発見し、これらを原告に秘して取り出し、帰宅後に原告の父親に渡した。原告の父は、これらを警察署に任意提出した。
- 原告は、同年6月4日、自宅で警察官に任意同行を求められてこれに応じ、警察署で尿を任意提出した結果、簡易検査で覚醒剤の陽性反応が現れ、覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕された。同月6日には、原告の自宅の家宅捜索の結果、チャック付ビニール袋入りの覚醒剤3袋(合計1.244グラム)が発見された。
- 原告は、上記の覚醒剤所持及び使用の罪につき東京地方裁判所に公判請求された。原告は罪をすべて認め、同年9月28日、懲役2年執行猶予3年の有罪判決を受け、確定した。
原告の懲戒解雇
- 原告は、令和4年6月29日、一身上の都合により同年7月13日をもって退職する旨の退職届を提出したが、被告はこれを受理しなかった。
- 被告は、令和4年7月7日、上記覚醒剤所持及び使用(本件犯罪行為)を理由に原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした。
原告が自己都合退職した場合に受給できた退職金等の金額
- 原告が令和4年7月限り自己都合退職した場合に受給することのできた退職金等の金額は、以下のとおり。
- 退職一時金 267万5022円
- 確定拠出年金拠出不能金 5000円【支給済】
- 確定給付企業年金 802万5167円
- 確定拠出年金 205万3571円【支給済】
- 前払退職金 13万0000円【支給済】
規範・あてはめ
規範
- 被告の退職金支給規則、及び、弁論の全趣旨によれば、被告においては、従業員の資格及び役割に応じて1年を単位に月割で付与される退職金付与ポイントを基礎として退職一時金、確定給付企業年金等の額が定められる仕組みとなっており、退職金は賃金の後払的性格を有していると認めることができる。
- こうした退職金の性格に鑑みれば、退職金支給規則等に基づき退職金を不支給とすることができるのは、当該従業員のそれまでの勤続の労を抹消してしまうほどの不信行為があった場合に限られると解すべきである。
あてはめ
- 【社内的影響】 本件犯罪行為は、覚醒剤取締法41条の2第1項(所持)、同法41条の3第1項1号、同法19条(使用)により、いずれも10年以下の懲役に処すべきものとされる相当重い犯罪類型に該当する。直接の被害者は存在しないとはいえ、覚醒剤の薬理作用による心身への障害が犯罪等の異常行動を誘発すること、密売による収益が反社会的組織の活動を支えていること等の社会的害悪は、つとに知られているところである。
- 約5年にわたる使用歴を有する原告の覚醒剤への依存性、親和性は看過し得ない水準にあったといえる。この間、原告は□□総合車両所の車両検査主任の立場にあって、管理職ではないとはいえ、首都圏の公共交通網の一翼を担う被告の安全運行を支える極めて重要な業務を現業職として直接担当していた。摂取から少なくとも数日は尿から覚醒剤が検出されるという調査結果等に照らせば、ほぼ毎週末覚醒剤を摂取していた原告が、業務への具体的影響は不明であるものの、身体に覚醒剤を保有した状態で車両検査業務に従事していたことは明らかである。
- この事態を重く見た被告が、延べ758名に対し延べ211時間10分もの時間をかけて再発防止のための教育措置をとったことは相当であり、これを過大な措置だとする原告の主張は失当である。
- 【社外的影響】 以上の社内的影響に加え、被告は監督官庁に本件を報告しており、限られた範囲ではあるが外部的な影響も生じている。
- なお、車掌や運転士等の鉄道会社やバス会社の従業員の薬物犯罪が報道され、社会的反響を呼んだ例は珍しくないのであって、本件が報道等により社会に知られるには至っていないことは偶然の結果というほかなく、これを原告に有利に斟酌すべき事情として重視することはできない。
- 【原告に有利な事情】 原告は、令和4年5月に3日間の無断欠勤や虚偽報告を理由に課長訓戒の処分を受けたほか、事前連絡の有無等は必ずしも明らかではないものの、体調不良等の自己都合での突発的な休暇取得が頻繁に認められる。有給休暇取得は正当な権利行使であること、急な休暇取得には子の養育や交際相手との関係等の一身上の都合が影響していることを踏まえても、原告の勤怠状況について積極的に評価することは困難であり、この点において原告に有利な事情があるとはいえない。
- 原告について、本件以外に上記の課長訓戒以外の処分歴や犯罪歴は認められないものの、27年間勤務を続けていたという以上に、特に考慮すべき功労を認めるに足りる証拠は見当たらない。
- 原告は子の養育状況等に照らし退職金不支給が酷であるとも主張するが、原告は27年の勤続期間に相応する収入を得ていたと考えられること、懲戒解雇後に前払退職金、確定拠出年金等の合計218万8571円の支給を受けたこと、原告は父が所有する住居で父母と同居していること等の事情も勘案すれば、本件犯罪行為に比して退職金全部不支給という結果が酷であると評価することはできない。
- 【結論】 以上によれば、本件犯罪行為は、原告の永年勤続の功労を抹消するほどの不信行為というほかなく、退職金の全部不支給は相当である。
担当裁判官
別所卓郎裁判官
判決掲載媒体
労働判例1311号46頁、判例秘書(L07831210)
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