【労働】 東京地方裁判所判決 令和3年10月20日
注目する争点
試用期間中の解雇の適法性
事案の要旨・背景事情
事案の要旨
- 本件は、被告との間で労働契約を締結し、試用期間中に解雇された原告が、解雇が無効であると主張して、被告に対し、①労働契約上の地位を有することの確認、②未払賃金及びこれに対する遅延損害金の支払、並びに、③解雇が違法であるとして、不法行為に基づき、損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
当事者等
- 被告は、食用油濾過機の製造等を業とする株式会社である。食用油濾過機とは、食品工場や飲食店等で使用される、食用油を濾過し再利用するための装置である。被告の平成30年11月9日当時の社員数(役員数を除く)は44名であった。
- 原告は、平成30年11月9日、被告との間で、賃金を毎月15日締め、当月末日払いとし、試用期間を3か月とする、期間の定めのない労働契約(本件労働契約)を締結した。原告は、当時50歳であった。
被告の部署と原告の配属
- 被告は、生産管理部、技術部、製造部及び海外部の4部門から成る。
- 原告は、被告に雇用された後、被告の製造部板金課溶接1係に配属された。
- 原告が雇用された当時の板金課長はA課長、溶接1係長はB係長であり、溶接1係には、B係長及び原告を含め、5名が配属されていた。原告が配属された板金課は製造部の下に置かれ、板金課の下には「加工」、「溶接1係」、「溶接2係」及び「仕上」の4グループが置かれていた。
解雇の意思表示
- 被告は、 平成30年12月13日、原告に対し、解雇の意思表示をした(本件解雇)。被告が原告に交付した解雇通知書には、本件解雇の理由として、以下の記載がある。
- 1 弊社就業規則第8条(1)に基づきます。
- 2 具体的には、貴殿は弊社の溶接担当社員募集に応募され、弊社も貴殿の履歴書、職務経歴書により、溶接を長年に亘り経験し、専門技術を習得されているという前提で採用させていただきました。しかしながら、入社後の貴殿の溶接の技量は弊社が要請していた基準に全く及ばず、弊社としてもその都度指導してまいりましたが、貴殿において技能の向上が認められず、また改善する意欲も認められなかったため、上記のとおり解雇することになりました。
被告の就業規則の定め
- 第8条 新たに採用されたものについては、採用の日から3ヶ月間を試用期間とする。但し、会社が認めたときは、試用期間を短縮し、または設けないことがある。
- (1) 試用期間中または試用期間満了時に、技能、勤務態度、人物及び健康状態に関して、従業員として不適当と認めたときは解雇する。
規範・あてはめ
規範
- 本件労働契約には、被告において、原告が3か月の試用期間中に技能、勤務態度、人物及び健康状態に関して、社員として不適当と認めたときは解約することができる旨の解約権が留保されている。
- その趣旨は、採用決定の当初、その者の資質、性格、能力その他適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行い、適切な判定資料を十分に収集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する点にあると解され、一定の合理的期間の限定の下にこのような留保解約権を定めることには合理性があると認められる。
- したがって、留保解約権に基づく解雇は、通常の解雇よりも広い範囲における解雇の事由が認められてしかるべきであり、被告が、原告の試用期間中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることができないような事実を知るに至った場合において、その事実に照らし、原告を引き続き被告に雇用しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に相当であると認められる場合には、上記解約権の行使は、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当なものとして許されると解すべきである。(最高裁昭和48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁参照)
あてはめ
- 【被告が雇用を必要とした状況】 被告においては、平成30年9月頃、溶接グループが繁忙となったことから、即戦力となる溶接の経験者を雇い入れることとしたものであり、そのため、本件求人票にも、溶接その他板金加工の経験者を求める旨が明記されている。食用油濾過機の溶接割れや油漏れは大事故を引き起こしかねないことから、その部品の溶接に当たっては慎重さが求められるところ、被告は大規模な会社であるとはいえず、原告が配属された溶接1係の人員も5名と小規模であって、即戦力となる溶接の経験者を雇い入れる必要性は高かったものと認められる。
- 【原告の履歴書】 原告は、採用の申込みに当たり、①添え状に、ステンレス、アルミニウム、チタン等のTIG溶接を主に経験してきたことや、板厚も1㎜から20㎜位までのあらゆる形状のものを製作してきたこと、②履歴書に、TIG溶接が得意であること、③職務経歴書にも、H製作所においてTIG溶接の技術指導を行ってきたことや、金属加工業を営む会社でアルミ溶接の専任として勤務したことなどを記載している。
- これらの記載を素直に読めば、原告が、母材の種類や厚みを問わず、商品化に耐え得るだけのTIG溶接の技術力、あるいは、少なくとも専門学校等を卒業したばかりの者に期待される水準を上回る技術力を有し、溶接グループにおける即戦力として期待できるものと受け取るのが自然である。
- 【原告の採用経過】 原告は、採用面接と併せて実施された作業テストにおいて、ステンレスのTIG溶接を満足に行うことができなかったものの、①ステンレスの薄物のTIG溶接についても、経験があり、勘を取り戻せばできる旨や、すぐに勘を取り戻せる旨を述べていたこと、②TIG溶接の手順自体は習得していたこと、③作業テストは長くても20分ないし30分程度のものであったこと、④前記の添え状、履歴書及び職務経歴書が提出されていたことからすれば、原告の上記発言を信じ、試用期間中の作業内容を吟味して本採用するか否かを決定することとしたことには、合理的な理由があるというべきである。
- 【採用後の原告の稼働状況】 しかるに、原告は、濾過機を構成する部品のうち、専門学校等を卒業したばかりの者が製作目標とするような、上蓋ストッパーや圧力スイッチカバーを満足に製作することができず、複数の母材を溶接することさえ要しない引っ掛けドライバーについても曲げる部分の位置や角度を統一することができず、原告が製作した製品のほとんど全てが商品にならないものであったから、原告の実際の技術水準と、履歴書等の各書類や作業テスト時における原告の言動から期待される水準との間には、相当程度の乖離があったと認められる。
- 【指導後の原告の稼働状況】 さらに、原告は、B課長から溶接不良の箇所をマーカーで示しながら、溶接が過剰な部分があり、ムラが生じていることや、溶接すべき部分がずれていることなど、溶接不良の原因について具体的な指摘を受けていたにもかかわらず、被告代表者との面談において、溶接のポイントがずれているという指摘がいかなる趣旨であるか理解できないなどと述べ、その後も溶接不良が改善されなかった。
- 【解雇と判断するまでの過程】 そして、原告が本件解雇までに製作した製品の数は合計で数百点に及び、原告の技術水準を判断するには十分であったと認められるから、被告において、試用期間の満了を待たずに、原告が期待された技術水準に達する見込みがないと判断したことにも合理的な理由があるというべきである。
- 【結論】 以上の諸事情に照らせば、本件解雇は、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる。したがって、本件解雇は有効である。また、本件解雇が違法であるとはいえない。
担当裁判官
和田山弘剛裁判官
判決掲載媒体
労働判例1313号87頁、判例秘書(L07632582)
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