【租税/国際取引】 東京地方裁判所判決 令和5年5年30日
注目する争点(一部)
- 原告は「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とアラブ首長国連邦との間の条約」(本件条約)4条1項の「一方の締約国の居住者」に該当するか
- 原告が本件各事業年度において納付すべき法人税の課税標準となる国内源泉所得の有無及びその範囲(平成29年12月・平成30年12月事業年度における原告の所得のみ注目)
基本事情
当事者
- 原告は、アラブ首長国連邦(UAE)の首長国の一つである「F」 内の住所を本店所在地とし(F 本店)、輸出入に関する貿易業務及びこれに付帯関連する一切の事業を目的とするLLC。
- 原告は、平成20年2月29日、東京都G区H町×××に営業所を設置し、同年3月25日付けで、日本における代表者をA(本件代表者)としてG区H町の住所を所在地とする支店登記をした。また、原告は、平成24年1月5日頃、東京都D区×××所在のビル4階×××号室(本件活動拠点)を賃借し、ここに事務所を移転した。
- 原告は、原告の平成27年12月事業年度から平成30年12月事業年度まで(本件各事業年度)の法人税の各確定申告書を提出しなかった。また、原告は、原告の平成27年12月課税事業年度から平成30年12月課税事業年度まで(本件各課税事業年度)の地方法人税の各確定申告書を提出しなかった。
- 連邦国家であるUAEにおいては、法人(LLCを含む)に対する連邦レベルの課税制度が設けられておらず、各首長国が独自の課税制度を有している。また、F においては、F 所得税命令が、全ての課税対象者の課税所得に対して所定の税率による所得税を課す旨規定しているが、現時点において、実際に租税を課されるのは、石油会社、ガス会社、石油化学会社又は外国銀行の支店等に限られている。そのため、原告は、UAE及びF において租税を課されていない。
事案の概要
- 本件は、アラブ首長国連邦(UAE)の首長国の一つである「F」に本店を置くリミテッドライアビリティカンパニー(LLC)である原告が、D税務署長から、原告は、「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とアラブ首長国連邦との間の条約」(本件条約)4条1の「一方の締約国の居住者」には該当せず、本件条約1条により本件条約は原告に適用されないことを前提に、
- 原告による株式の譲渡に係る所得及び役務提供に係る所得は、
- 〈1〉原告の平成27年1月1日から同年12月31日までの事業年度(平成27年12月事業年度、他の表記も同様)及び平成28年12月事業年度の法人税、並びに、平成27年1月1日から平成27年12月31日までの課税事業年度(平成27年12月課税事業年度、他の表記も同様)及び平成28年12月課税事業年度の地方法人税(法人税と併せて法人税等)に関しては、法人税法138条1号(平成26年法律第10号による改正前のもの)に規定する国内源泉所得に当たり、また、
- 〈2〉平成29年12月事業年度及び平成30年12月事業年度の法人税、並びに、平成29年12月課税事業年度及び平成30年12月課税事業年度の地方法人税に関しては、法人税法138条1項1号に規定する国内源泉所得に当たるとして、
- 平成27年12月事業年度から平成30年12月事業年度までの法人税の各決定処分、及び、無申告加算税の各賦課決定処分、並びに、平成27年12月課税事業年度から平成30年12月課税事業年度までの地方法人税の各決定処分、及び、無申告加算税の各賦課決定処分(上記各処分を併せて本件各処分)を受けたのに対し、
- 原告はFの「居住者」であって本件条約が適用されるから、本件条約が原告に適用されないことを前提としてされた本件各処分には誤りがあり、また、本件各処分には理由付記の不備に係る違法があるなどとして、本件各処分の全部の取消しを求める事案である。
規範・あてはめ
争点1(原告は「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とアラブ首長国連邦との間の条約」4条1項の「一方の締約国の居住者」に該当するか)
- 本件条約1条は、本件条約の人的適用範囲に関し、「一方又は双方の締約国の居住者」である者に適用する旨規定し、本件条約4条1は、「一方の締約国の居住者」の定義を規定している。
- すなわち、本件条約4条1は、「一方の締約国の居住者」とは、「一方の締約国の法令の下において、住所、居所、本店又は主たる事務所の所在地、事業の管理の場所その他これらに類する基準により当該一方の締約国において課税を受けるべきものとされる者」をいい、「一方の締約国内に源泉のある所得のみについて当該一方の締約国において租税を課される者を含まない」と規定し、「一方の締約国の居住者」を上記のような「住所、居所、本店又は主たる事務所の所在地、事業の管理の場所その他これらに類する基準」(居住者基準)により判断することとしている。
- 本件条約4条1は、2010年モデル条約4条1において「『一方の締約国の居住者』とは、当該一方の締約国の法令の下において、住所、居所、事業の管理の場所その他これらに類する基準により当該一方の締約国において課税を受けるべきものとされる者(当該一方の締約国及び当該一方の締約国の地方政府又は地方公共団体を含む。)をいう。」と規定されているのと同趣旨の規定と解されるところ、
- 2010年モデル条約4条は、条約の適用対象である「一方の締約国の居住者」の意義を明らかにすることにより、源泉地国又は所在地国と、居住地国との間の二重課税及び二重居住者の問題を解決する趣旨の規定とされており、具体的には、条約の締約国の国内法が、いずれも、納税者と居住地国との人的結び付きに着目して、課税上「居住者」と取り扱われる条件を定め、その条件を満たす納税者に無制限納税義務を課している場合において、双方の提締約国において「居住者」とされる者を、いずれか一方の締約国の居住者に振り分けるための基準を定めるものである。
- UAEは連邦国家であるところ、連邦国家としてのUAEによる法人に対する課税制度は設けられておらず、UAEを構成する各首長国が独自の課税制度を有している。
- UAEの首長国の一つであるFにおいて、F所得税命令1条は、全ての課税対象者の課税所得に対し、所定の税率による所得税を課す旨規定している。
- そして、F所得税命令2条3は、「課税対象者」とは、直接であるか他の法人による代理を通じてであるかにかかわらず、課税年度のいずれかの時点において、Fに存在する恒久的施設を通じて取引又は事業を遂行し、かつ、F所得税命令に基づき課税される所得税債務を他の根拠に基づき免除されない法人であり、設立地は問わず、また、当該法人の全ての支店も含まれる旨規定し、同条5は、「課税所得」とは、課税対象者がFにおける取引又は事業の遂行に由来してF において稼得した所得から所定の控除が行われた後の所得である旨規定している。
- 本件条約4条1は、「一方の締約国の居住者」について、居住者基準により当該一方の締約国において課税を受けるべきものとされる者をいう旨規定している。しかし、連邦国家としてのUAEは、法人に対する課税制度を設けていない。また、F所得税命令の規定によれば、Fに所在する恒久的施設を通じてF において事業を行う法人は、その設立地、本店又は主たる事務所の所在地等を問わず、等しく「課税対象者」に該当し、かつ、Fにおける取引又は事業に由来する所得に限って課税対象とする旨規定されているのであるから、F所得税命令に基づき、「住所、居所、本店又は主たる事務所の所在地、事業の管理の場所その他これらに類する基準」(居住者基準)により課税を受けるべきものとされる者はない。
- そうすると、以上のようなUAE 及びFの税制の下においては、F 法人は、F の「居住者」、すなわち本件条約4条1の規定する「一方の締約国の居住者」には当たらない(なお、本件議定書2項は、UAE側6機関が「一方の締約国の居住者」に含まれる旨規定しているところ、これは、上記のとおり、UAE及びFの税制の下において、UAE又はFの「居住者」とされる者はない中で、日本とUAEが、UAEの法人等で本件条約の特典を享受できる者を特に合意により定めたものと解される。)。
争点2(原告が本件各事業年度において納付すべき法人税の課税標準となる国内源泉所得の有無及びその範囲(平成29年12月・平成30年12月事業年度における原告の所得にのみ注目))
- 平成26年度税制改正により、国際課税原則の帰属主義への見直しが行われ、平成30年改正前法人税法においては、外国法人が恒久的施設を有する場合には、当該恒久的施設に帰せられる所得に限って内国法人と同様に法人税の課税対象とされた。また、恒久的施設を有する外国法人の恒久的施設に帰属しない国内源泉所得や、恒久的施設を有しない外国法人の国内源泉所得については、一部を除いて源泉徴収のみで課税関係が終了する仕組みとされた。
- 恒久的施設に関し、平成30年改正前法人税法2条12号の19イ、平成30年改正前法人税法施行令4条の4第1項1号、2項は、①外国法人が、日本に有する「支店、出張所その他の事業所若しくは事務所、工場又は倉庫(倉庫業者がその事業の用に供するものに限る。)」であって、②資産を購入する業務、資産の保管又は事業の遂行にとって補助的な機能を有する事業上の活動を行うためにのみ使用する一定の場所に該当しない場合は、当該「支店」等は、恒久的施設に当たる旨規定している。
- 平成30年改正前法人税法138条1項1号は、
- 国内源泉所得の一つとして、「恒久的施設に帰せられるべき所得」を掲げ、
- 当該所得に当たるか否かにつき、「当該恒久的施設が果たす機能」、「当該恒久的施設において使用する資産」及び「当該恒久的施設と当該外国法人の本店等…(中略)…との間の内部取引その他の状況」を勘案することとしている。
- そして、
- 昭和44年5月1日付け直審(法) 25 (例規)「法人税基本通達」(令和元年6月28日付け課法2-10ほかによる改正前のもの。法人税基本通達) 20-2-3によれば、上記の「当該恒久的施設が果たす機能」には、恒久的施設が果たすリスクの引受け又はリスクの管理に関する人的機能、資産の帰属に係る人的機能、販売に係る人的機能、役務提供に係る人的機能等が含まれることに、
- 法人税基本通達20-2-4によれば、上記の「恒久的施設において使用する資産」には、例えば、賃借している固定資産、使用許諾を受けた無形資産等で当該恒久的施設において使用するものが含まれることに、それぞれ留意することとされている。
- また、
- 法人税基本通達20-2-1によれば、上記の「その他の状況」には、恒久的施設に帰せられるリスク及び恒久的施設に帰せられる外部取引が含まれることに留意することとされ、
- 注書きとして、上記リスクとは、為替相場の変動、市場金利の変動、経済事情の変化その他の要因による利益又は損失の増加又は減少の生ずるおそれをいい、
- リスクの引受け又はリスクの管理に関する人的機能を恒久的施設が果たす場合には、当該リスクは当該恒久的施設に帰せられることとされている。
担当裁判官
鎌野真敬裁判官、栗原志保裁判官、佐藤貴大裁判官
判決掲載媒体
D1 Law(判例ID 29079111)、ジュリスト1602号10頁
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