【国際取引/国際裁判管轄】 東京地方裁判所判決 令和4年5月9日

注目すべき争点

  1. 海上運送会社(被告)は荷送人に対し、複合貨物船荷証券の表面(運送に関する明細を記載)をFAX送信し、約款を記載した裏面については、被告のホームページで公表する以外では提供していなかったが、当該約款(シンガポールの裁判所を専属的な合意管轄と定める条文を含む)の内容は、被告と荷送人の間の運送契約の内容になるか。
  2. 争点1が肯定される場合、約款の内容は、荷受人及び荷受人に保険金を支払い荷受人に保険代位した損害保険会社(原告)にも引き継がれるか。

事案の概要

  • 当事者
    • 原告は、損害保険等を業とする台湾の法人。
    • 被告は、海上運送等を業とするシンガポールの会社。
  • 時系列
    • 被告は、本件荷送人との間で、ソロモン諸島ホニアラから、シンガポール経由、清水港まで、冷凍キハダマグロ及び冷凍メバチマグロ(本件貨物)を運送する契約を締結した(本件運送契約)。
    • 被告は、本件運送契約の締結に先立ち、本件荷送人に対し、本件運送契約に係る予約確認通知書を発行しており、同通知書には、本件運送契約は、被告のホームページ又は被告の現地予約事務所から取得可能な運送人の船荷証券その他の条件に従う旨の記載があった。
    • 被告は、本件荷送人及び本件荷受人に対し、本件運送契約に基づく複合貨物船荷証券(本件証券)の表面のみをファックス又は電子メールで送信した。
    • 本件証券の
      • 表面には、運送に係る明細(運送人・荷送人・荷受人・本件貨物、本件貨物の受取地をソロモン諸島ホニアラ、荷降港をシンガポール、貨物引渡地を清水港までとすることなど)のほか、その右下に「本証券の表面及び裏面に規定する全ての条項に従い」運送し、本件証券の指図人又は譲受人に引き渡すものとする旨が記載され、
      • 裏面には、被告の船荷証券約款が記載されていた。
    • 本件貨物を積載したコンテナは、清水港で本件荷受人に引き渡されたが、本件貨物の一部が腐敗ないし変色していた。これは、後に、本件貨物を保管していたコンテナの冷凍庫の故障によるものと判断された。
    • 本件荷受人は、原告との間で締結していた本件貨物を目的とした貨物海上保険契約(本件保険契約)に基づき、本件貨物のうち販売できないものの損害を、原告から填補された
  • 本件証券の裏面及び被告のホームページに記載された「船荷証券約款」の24条
    • 第1項:本件証券によって証明される契約又はこれに含まれる契約はシンガポール法に準拠するものとする。
    • 第2項:本件証券の下での運送人に対する請求は、他国の裁判所の管轄権を排除してシンガポールの裁判所によって判断されるものとする。ただし、運送人は荷主に対する請求をシンガポール又は荷主が資産を有するその他の管轄において追及する権利を有する。(本件管轄合意条項)
    • 第3項:この条項は、本件証券の下における請求の当事者及び/又は紛争の当事者がシンガポール海事仲裁所の規則に従って同請求及び紛争をシンガポール仲裁に申し立てることを妨げないものとする。
  • シンガポール船荷証券法(要旨)
    • 第1条(本法が適用される船積書類等)第1項:本法は、船荷証券(bill of landing)、海上運送状(sea way bill)及び船舶の荷渡指図書に適用する。
    • 同条第3項:本法において、海上運送状とは、船荷証券ではなく、①海上運送契約を含む、又はその証拠となる運送品の受取、及び②運送人が当該契約に従って運送品の引渡しを行うべき者を特定する文書をいう。
    • 第2条(船積書類上の権利):(運送契約上の原当事者ではないが)海上運送状に係る運送品を当該契約に従って引渡しを受けるべき者には、引渡しを受けるべき者となる効力により、あたかも同人が契約当事者であったかのように、運送契約上の全ての訴権が移転されて、帰属するものとする。
    • 第3条(船積書類上の責任):運送人に対して当該運送品について当該運送契約の下で請求する場合、その者は、請求を行うことにより、あたかもその契約の当事者であったかのように、同契約の下で同一の責任を負うものとする。
  • 裁判所の認定
    • 裁判所は、本件管轄合意条項について、「本件管轄合意条項に基づく管轄合意は、我が国の裁判権を排除する国際裁判管轄に関する専属的合意管轄を定めたものと解するのが相当である。」と判断している。

規範・あてはめ

  • 争点1
    • 本件管轄合意条項は、海上運送等を業とする被告と運送契約を締結する荷送人との間で適用されることが予定されている定型的かつ画一的な契約内容が記載された船荷証券約款の一部であるところ、被告が本件荷送人に発行した令和2年8月31日付けの予約確認通知書には、本件運送契約につき、被告のホームページ又は現地予約事務所から取得可能な運送人の船荷証券その他の条件に従う旨の記載があり、被告のホームページを閲覧することによって、被告の船荷証券約款を確認することが可能であったことからしても、被告と本件荷送人との間では、本件証券の表面に記載された契約内容のみならず、事前に被告のホームページにおいて公開されていた船荷証券約款も本件運送契約の内容とすることを定めていたものと解すべきである。
    • したがって、被告の船荷証券約款の一部である本件管轄合意条項についても、被告と本件荷送人の本件運送契約の内容となっていたものと認められ、被告と本件荷送人にも適用されるというべきである。
  • 争点2
    • シンガポール船荷証券法第1条第3項によれば、海上運送状とは、船荷証券ではなく、①海上運送契約を含むか、又はその証拠となる運送品の受取、及び②運送人が当該契約にしたがって運送品の引渡しを行うべき者を特定する文書をいうとされている。
    • 被告は発行した本件証券を本件荷送人に交付せず、その表面に「TLX RELEASE」(テレックスで送付)とのスタンプを押印して、その表面のみをファックス又は電子メールで送信していることからすると、本件証券は、いわゆる積地回収船荷証券(=技術革新による船舶の高速化等により輸送時間が大幅に短縮された結果、貨物が輸入地に到着しても船積書類が未着となり、荷受人が貨物の引渡しを受けられないことを避けるために、荷送人の依頼により、運送人が輸出地で船荷証券原本を回収し、荷送人にその船荷証券の内容をFAX送信等するとともに、輸入地の船社代理人に船荷証券原本を全通回収したことを連絡し、荷受人が船荷証券原本の提示なしに貨物を受領するもの)として交付されたものであると認められる。
    • このように、積地回収船荷証券は、当該証券の原本が運送人から荷送人に交付され、更に荷受人や荷受人からの譲受人等に交付されたり、運送人に提示及び交付されたりすることが予定されていないものであるから、有価証券としての性質上その提示や交付が当然に予定されている船荷証券と性質を異にする。
    • 本件証券は積地回収船荷証券であるから、船荷証券そのものではないものの、本件証券の表面において、被告を運送人とすること、本件貨物の受取地、荷降港、貨物引渡地、荷受人が本件荷受人、荷送人が本件荷送人であること、運送に係る貨物の明細が記載されていることからすると、本件証券は「海上運送契約を含む」文書であり、かつ、運送品の受取及び被告が本件運送契約に従って本件貨物の引渡しを行うべき者が特定されている文書と認められるから、シンガポール船荷証券法第1条3項の「海上運送状」に該当すると解するのが相当である。
    • シンガポール船荷証券法第2条及び第3条によれば、運送契約上の当事者でなくても、海上運送状に係る運送品を当該運送契約に従って引き渡しを行うべき者、運送人に対して運送品に関し当該運送契約に基づいた請求を行う者は、あたかも当該運送契約の当事者と同一の権利又は義務を取得することになるから、本件証券に係る運送品である本件貨物を本件運送契約に従って引き渡しを受け、運送人たる被告に対して本件運送契約に基づいてした請求を行う者である本件荷受人も、被告と本件荷送人との間の本件運送契約に基づく権利又は義務に係る契約内容がそのまま適用されることになる。
    • したがって、本件荷受人の被告に対する本件運送契約の債務不履行に基づく損害賠償請求権を保険代位により取得した原告との関係でも、被告と本件荷送人との間の本件運送契約に基づく権利又は義務に係る契約内容が適用されることになる。
    • よって、原告にも、被告と本件荷送人との間の契約内容を構成する船荷証券約款の一部である本件管轄合意条項が適用されるというべきである。

担当裁判官

小川理津子裁判官、志村敬一裁判官、水木淳裁判官(合議)

判決掲載媒体

判例秘書(L07731602)

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