【労働/個人情報】 東京地方裁判所判決 令和4年5月12日
注目すべき争点
- A大学の専任教員を公募した被告(私立学校法に基づき設立された学校法人でA大学等を設置)は、当該選任教員の公募に応募したが書類審査で不合格となったA大学の非常勤講師である原告X1に対し、公募の採用選考過程や原告X1がどのように評価されたか、情報を開示し説明すべき義務を負うかどうか。
- 被告は、原告X1が加入する労働組合である原告組合との間で、本件公募の選考過程に関する事項につき、団体交渉に応じる義務を負うかどうか。
規範・あてはめ
- 争点1について
- 信義則に基づく情報開示義務の是非
- 原告Ⅹ1は、本件公募に応募したが、書類選考の段階で不合格になったものである。原告Ⅹ1と被告との間で、原告Ⅹ1を専任教員として雇用することについての契約交渉が具体的に開始され、交渉が進展し、契約内容が具体化されるなど、契約締結段階に至ったとは認められないから、契約締結過程において信義則が適用される基礎を欠く。
- 公募制を採用したことに伴う情報開示義務の是非
- 大学教員の採用を公募により行う場合、その選考過程は公平・公正であることが求められており、応募者の基本的人権を侵害するようなものであってはならないということはできる。
- しかしながら、原告Ⅹ1は、被告との間で契約締結段階に至ったとは認められず、契約締結過程において信義則が適用される基礎を欠くことは上記のとおりであり、このことは、選考方式が公募制であったことによって左右されるものではない。したがって、仮に、原告Ⅹ1が本件公募について透明・公正な採用選考が行われるものと期待していたとしても、その期待は抽象的な期待にとどまり、未だ法的保護に値するとはいえず、被告が専任教員の選考方式として公募制を採用したことから、直ちに本件情報開示・説明義務が発生する法的根拠は見出し難い。
- 職業安定法5条の4(令和4年法律第12号による改正前のもの)に基づく情報開示義務の是非
- 職業安定法5条の4は、労働者の募集を行う者に対し、その業務に関し、募集に応じて求職者等の個人情報を収集し、保管し、又は使用するに当たっては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用することを義務付けているが、求職者等に対する個人情報の開示に関しては、何ら規定していない。したがって、職業安定法5条の4は、本件情報開示・説明義務の法的根拠とはなり得ない。
- 個人情報保護法28条2項に基づく情報開示義務の是非
- 個人情報保護法28条2項は、個人情報取扱事業者は、本人から、当該本人が識別される保有個人データの開示を求められたときには、遅滞なくこれを開示しなければならないと定めるとともに、同項2号において、個人情報取扱事業者が開示義務を負わない例外として、「当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」を挙げている。
- そして、個人情報保護法における個人データとは、個人情報データベース等を構成する個人情報(特定の個人を識別することができる情報)をいい(個人情報保護法2条1項、6項)、個人情報データベース等とは、個人情報を含む情報の集合物であって、特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの、又は、特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したものとして政令で定めるものをいう(同条4項)。
- 別紙2の2及び3記載の情報並びに別紙2の4記載の情報のうち原告Ⅹ1に言及する部分は、原告Ⅹ1を識別可能であることから原告Ⅹ1の個人情報に該当するものがあるとしても、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、これらの情報が個人情報データベース等を構成していることをうかがわせる事情は何ら認められないから、個人情報保護法28条2項に基づく開示の対象となる保有個人データであるとは認められない。
- さらに、仮に、別紙2の2及び3記載の情報並びに別紙2の4記載の情報のうち原告Ⅹ1に言及する部分が保有個人データに当たるとしても、これらの情報を開示することは、個人情報保護法28条2項2号に該当するというべきである。
- すなわち、被告は、採用の自由を有しており、どのような者を雇い入れるか、どのような条件でこれを雇用するかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるところ、大学教員の採用選考に係る審査方法や審査内容を後に開示しなければならないとなると、選考過程における自由な議論を委縮させ、被告の採用の自由を損ない、被告の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがあるからである。したがって、被告は、個人情報保護法28条2項2号により、これらの情報を開示しないことができる。
- なお、厚生労働省政策統括官付労働政策担当参事官室の平成17年3月付け「雇用管理に関する個人情報の適正な取扱いを確保するために事業者が講ずべき措置に関する指針(解説)」は、「業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」に該当するとして非開示とすることが想定される保有個人データの開示については、あらかじめ、必要に応じて労働組合等と協議の上、その内容につき明確にしておくよう努めなければならないとしていたが、これは、あくまでも努力義務を定めたものであって、上記協議をしていないからといって、使用者が、「業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」に該当する保有個人データを非開示とすることができなくなるわけではない。
- 筆者注:控訴審である東京高等裁判所判決令和5年2月1日(判例秘書L07820526)では、「なお、同解説においても、『選考に関する個々人の情報については、基本的には非開示とすることが考えられる』としている」旨、判示内容を追加している。
- 信義則に基づく情報開示義務の是非
- 争点2について
- 労働組合法7条2号は、使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなく拒むことを不当労働行為として禁止しているところ、これは、使用者に対して労働者の団体の代表者との交渉を義務付けることにより、労働条件等に関する問題について労働者の団結力を背景とした交渉力を強化し、労使対等の立場で行う自主的交渉による解決を促進し、もって労働者の団体交渉権(憲法28条)を実質的に保障しようとするものと解される。
- このような労働組合法7条2号の趣旨に照らすと、義務的団体交渉事項とは、団体交渉を申し入れた労働者の団体の構成員である労働者の労働条件その他の待遇、当該団体と使用者との間の団体的労使関係の運営に関する事項であって、使用者に処分可能なものをいうものと解するのが相当である。
- これを本件についてみると、被告は、原告組合が被告に対して団体交渉を申し入れた平成30年11月当時、原告Ⅹ1を非常勤講師として雇用していたことが認められるから、当時、原告Ⅹ1の労働組合法上の使用者であったことが認められる。
- しかしながら、原告Ⅹ1は、被告から非常勤講師として雇用されていたものであり、また、被告には原告Ⅹ1に対する本件情報開示・説明義務が認められないことは前記で説示したとおりであるから、専任教員に係る本件公募の選考過程は、原告Ⅹ1と被告との間の労働契約上の労働条件その他の待遇には当たらない。
- したがって、別紙1記載の各事項は義務的団体交渉事項には当たらないから、原告組合が被告に対して別紙1記載の各事項について団体交渉を求める地位にあるとはいえず、また、被告が別紙1記載の各事項について団体交渉に応じなかったことは、原告組合に対する不法行為を構成するものではない。
担当裁判官
三木素子裁判官、和田山弘剛裁判官、崎川静香裁判官
判決掲載媒体
労働判例1298号61頁
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