【独禁】 東京地方裁判所判決 令和4年2月10日

前提事実

  • 原告は、東京都港区に本店を置き、航空燃料の販売業等を営む株式会社であり、成田国際空港、東京国際空港、中部国際空港、関西国際空港、大阪国際空港、新千歳空港、広島空港、八尾空港、名古屋飛行場、東京都東京ヘリポート及び広島ヘリポート(直営11空港等)において、国内石油元売会社から仕入れた航空燃料を給油会社として販売している。
  • 被告は、令和2年7月7日、原告に対し、原告が、八尾空港における機上渡し給油による航空燃料の販売に関して①自社の取引先需要者に対し、A1株式会社から機上渡し給油を受けた場合には自社からの給油は継続できない旨等を通知し、②A1から機上渡し給油を受けた自社の取引先需要者からの給油に係る依頼に応じる条件として、A1の航空燃料と自社の航空燃料の混合に起因する事故等が発生した場合でも原告に責任の負担を求めない旨等が記載された文書への署名又は抜油を求めることにより、自社の取引先需要者にA1から機上渡し給油を受けないようにさせており、これが私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(令和元年法律第45号による改正前のもの)2条5項の私的独占に該当し、独禁法3条に違反するとして、独禁法7条1項に基づき、排除措置を命じる(本件排除措置命令)とともに、令和3年2月19日、原告に対し、独禁法7条の9第2項に基づき、課徴金として612万円を国庫に納付することを命じた(本件課徴金納付命令)
  • 原告は、上記①②の行為には「排除効果」がない上、自己の危難を避けるための合理的根拠に基づく行為であり「正当化事由」があったから、独禁法2条5項の私的独占に該当するものではなかったとして、本件排除措置命令・本件課徴金納付命令の取消を求めている。

注目争点

  1. 排除行為該当性
  2. 「一定の取引分野」の範囲(独禁法2条5項)
  3. 「競争を実質的に制限」(独禁法2条5項)
  4. 私的独占の終期
  5. 正当化事由

私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律

第2条5項

この法律において「私的独占」とは、事業者が、単独に、又は他の事業者と結合し、若しくは通謀し、その他いかなる方法をもつてするかを問わず、他の事業者の事業活動を排除し、又は支配することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。

第3条

事業者は、私的独占又は不当な取引制限をしてはならない。

第7条1項

第3条又は前条の規定に違反する行為があるときは、公正取引委員会は、第8章第2節に規定する手続に従い、事業者に対し、当該行為の差止め、事業の一部の譲渡その他これらの規定に違反する行為を排除するために必要な措置を命ずることができる。

規範・あてはめ

  1. 争点1(排除行為該当性)
    • 独禁法は、公正かつ自由な競争を促進し、事業者の創意を発揮させて事業活動を盛んにすることなどによって、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とし(1条)、事業者の競争的行動を制限する人為的制約の除去と事業者の自由な活動の保障を旨とするものである。
    • その趣旨に鑑みれば、本件通知行為等(=12月7日通知、2月10日通知、3月15日通知、及び、免責文書・抜油対応)が排除行為に該当するか否かは、本件通知行為等が、自らの市場支配力の形成、維持ないし強化という観点からみて正常な競争手段の範囲を逸脱するような人為性を有するものであり、競争者であるA1の本件市場(=八尾空港における機上渡し給油による航空燃料の販売分野)での活動を著しく困難にするなどの効果を有するものといえるか否かによって決すべきである(最高裁平成22年12月17日第二小法廷判決・民集64巻8号2067頁、最高裁平成27年4月28日第三小法廷判決・民集69巻3号518頁参照)。
    • そして、本件通知行為等が、上記のような人為性を有し、上記効果を有するものといえるか否かは、本件市場の状況、原告及びA1の本件市場における地位及び競争条件の差異、本件通知行為等の態様や継続期間、原告の意図・目的等の諸要素を総合的に考慮して判断されるべきものと解される。
    • 【本件市場の状況並びに原告及びA1の本件市場における地位及び競争条件の差異】
      • 本件通知行為等の実施時点において、原告において本件市場の需要全てを満たす供給が可能であったのに対し、A1が原告の供給量の全てを直ちに代替することができない状況にあったこと等、両者の本件市場における地位を踏まえると、原告は、需要者にとって、本件市場において避けることが困難な取引相手であったということができる。
      • これに加え、八尾空港以外の空港等における原告の地位を踏まえると、八尾空港のみならず他の空港等で給油を受ける必要のある需要者、とりわけ、原告以外に給油会社のない名古屋飛行場や広島ヘリポート等において給油を受ける必要のある需要者にとって、原告は本件市場において避けることの不可能な取引相手であったといえる。
      • また、原告は、A1と比べ、本件市場においていつでも迅速に対応できるという競争上の優位性を有していたということができる。
      • 以上によれば、原告は、本件市場において、需要者にとって避けることができない取引相手であり、かつ、A1と比べ競争上の優位性を有していたということができる。
    • 【12月7日通知の排除行為性-態様・継続期間・原告の意図・目的】
      • 12月7日通知は、八尾空港の航空燃料の機上渡し給油市場において8割を超えるシェアを有し、需要者にとって避けられない取引相手であって、全国においても自社又はグループ会社のみが唯一の給油会社である空港等やⅩ1空港ネットワークの存在等の利便性を有しており、A1より競争上優位な立場にあった原告が、八尾空港の航空燃料の機上渡し給油市場の約8割の需要を占める八尾空港協議会員11名に対し、八尾空港においてA1から給油を受けた者には原告や提携先給油会社からの給油を行わない旨を示したもの。
      • 本件市場の需要者にとって原告との取引を避けることができない以上、A1との取引を断念させ、八尾空港において原告のみと取引することを実質的に強制するものであり、また、需要者に対し、競争上優位性のある原告と取引することのできる地位を維持するために、A1との取引を抑制させる効果を持つものということができる。
      • そして、八尾空港協議会員11名が、八尾空港の機上渡し給油の需要の約8割を占めることからすると、A1にとって代替的な取引先を容易に確保することができなくなるといえるから、12月7日通知は、八尾空港における航空燃料の機上渡し給油市場において、A1における事業活動の継続を著しく困難にする効果を有するものといえ、原告がA1を八尾空港における航空燃料の販売事業から排除する目的で12月7日通知を行ったことも、同通知に上記のような排除効果があったことを裏付ける。
      • そして、12月7日通知は、需要者に対し、A1との取引を抑制させる条件を付す行為であるところ、需要者にとって避けられない取引相手の立場にある原告が行うこのような行為は、実質的にみて原告のみとの取引を強制し需要者の選択の自由を奪うものであって、それ自体、正常な競争活動とはおよそ性質が異なるものであるし、原告がA1を排除する強い意図ないし目的で12月7日通知を行ったことは、これが正常な競争手段とはいえないことを裏付けるものといえる。
      • 以上によれば、原告が行った12月7日通知は、自らの市場支配力の形成、維持ないし強化という観点からみて正常な競争手段の範囲を逸脱するような人為性を有するものであり、競争者であるA1の本件市場での活動を著しく困難にするなどの効果を有するものということができるから、排除行為に該当するというべきである。
    • 【2月10日通知の排除行為性-態様・原告の意図/目的】
      • 2月10日通知は、原告による12月7日通知が維持されていた中、大阪市消防局に対し、原告が大阪市消防局との契約の相手方となっていない期間中、新千歳空港を除く直営11空港等及び原告のグループ会社である給油会社が唯一の航空燃料給油会社である福岡空港の合計11の空港等において燃料販売を停止する旨を通知するものであり、八尾空港において原告以外の者との取引をしないことを原告との取引の条件とするものであった。大阪市消防局は、災害派遣の場合、原告が唯一の給油会社である名古屋空港等において給油を受けることが避けられない場合があることから、原告と随意契約を締結する可能性があった。
      • 2月10日通知は、12月7日通知による排除効果が生じていた中、原告においてA1を排除する目的で行われ、大阪市消防局に対しA1との取引を抑制する可能性があったから、12月7日通知について、その対象を広げ排除効果を強化する効果を有しており、A1の事業活動を著しく困難にする効果を有するものであったと認められる。
      • また、2月10日通知が、12月7日通知同様、大阪市消防局に対しA1との取引を抑制させる条件を付すものであり、災害派遣の場合、原告が唯一の給油会社である名古屋空港等において給油を受けることが避けられない場合があり原告との取引を避け難い大阪市消防局に対し、原告のみとの取引を強制し、その選択の自由を奪うものであること、原告がA1を排除する目的で行われたものであることからすれば、これが、自らの市場支配力の形成、維持ないし強化という観点からみて正常な競争手段の範囲を逸脱するような人為性を有するものであり、競争者であるA1の本件市場での活動を著しく困難にするなどの効果を有するものといえる。以上によれば、2月10日通知は、排除行為に該当するというべきである。
    • 【3月15日通知の排除行為該当性-原告の目的・効果】
      • 3月15日通知は、①A1の航空燃料と原告の航空燃料が混合した場合、それに起因する事故等に係る責任を負えない旨及び②したがって、原告の契約先である顧客が、A1より航空燃料の給油を受けた場合、それ以降は原告からの給油継続ができない旨の内容を、12月7日通知の対象者を含む取引先需要者261名に拡大して通知したものであったから、3月15日通知も、12月7日通知と同様、A1を排除する目的で行われたものと認めるのが相当である。
      • また、3月15日通知は、12月7日通知同様、A1から給油を受けた需要者には原告が給油しない旨を、八尾空港における機上渡し給油に限定せずに示したものであり、八尾空港協議会員11名のみならず、それ以外の需要者に対しても、八尾空港の航空燃料の機上渡し給油市場におけるA1との取引を抑制させる効果を有するものといえる。
      • そうすると、3月15日通知は、通知の対象となる需要者の範囲を大幅に拡張し、A1との取引を抑制する範囲を大幅に拡大したものであって、A1に対し、これらの通知の対象になった需要者に代わる取引先を容易に見出すことが一層できなくなる効果をもたらすから、12月7日通知による排除効果を強化し、八尾空港の航空燃料の機上渡し給油市場におけるA1の事業活動の継続を一層困難にさせる効果を有するものと評価できる。
      • このように、原告が、競争者であるA1を排除する目的の下、自社以外の者との取引を抑止する条件を付し、原告との取引が避けられない需要者に対し原告のみとの取引を実質的に強制する行為である3月15日通知は、自らの市場支配力の形成、維持ないし強化という観点からみて正常な競争手段の範囲を逸脱するような人為性を有するものであり、競争者であるA1の本件市場での活動を著しく困難にするなどの効果を有するものといえる。以上によれば、3月15日通知は、12月7日通知により成立した排除行為に係る排除効果をより強化するものとして、12月7日通知と併せ、排除行為に該当するものというべきである。
    • 【免責文書・抜油対応の排除行為該当性-効果】
      • 原告は、平成29年5月中旬頃以降、A1から機上渡し給油を受けた需要者からの航空燃料の給油の依頼を受けた際には、3月15日文書を示して事故等が生じた場合に原告が責任を負えないこと等を説明し、給油の依頼に応じる条件として、免責文書への署名を求めるか、抜油を求めるという対応を行った。
      • 免責文書・抜油対応が、A1から機上渡し給油を受けた需要者に対し、負担を生じさせる措置であることからすれば、これらの対応は、需要者に対し、A1との取引を抑制させる効果を持つものといえる。
      • 以上に加え、免責文書・抜油対応が、12月7日通知、2月10日通知、3月15日通知が撤回されないまま、これらの通知に記載された給油の拒否に代わり行われるようになったものであって、これらの通知行為によるA1の排除効果が生じていた中、継続して行われていたものであることに照らせば、免責文書・抜油対応は、12月7日通知、2月10日通知、3月15日通知による排除効果を維持することで、A1の事業活動を著しく困難にする効果を有するものというべきである。
      • そして、免責文書・抜油対応は、競争者であるA1との取引の存在を理由として不利益措置を講じるものであって、競争行為ということはできない上、免責文書・抜油対応において3月15日文書を示すこととしており、3月15日通知と同様、原告のA1を排除する目的で行われたものと認めるのが相当であるから、自らの市場支配力の形成、維持ないし強化という観点からみて正常な競争手段の範囲を逸脱するような人為性を有するものであり、競争者であるA1の本件市場での活動を著しく困難にするなどの効果を有するものといえる。以上によれば、免責文書・抜油対応も12月7日通知、2月10日通知及び3月15日通知と併せ、排除行為に該当するというべきである。
    • 【本件通知行為等の一体性】
      • 本件通知行為等は、いずれも排除行為に該当するところ、これらは、いずれも本件市場にA1が参入したことを契機として、原告が本件市場からA1を排除する目的で、八尾空港における機上渡し給油の需要者に対して行われたものである点において共通するものである。12月7日通知が行われた後、2月10日通知、3月15日通知及び免責文書・抜油対応は、いずれも12月7日通知による排除効果を強化する効果を有していたことも、前記のとおりである。
      • これらの事情に鑑みれば、本件通知行為等は、一つの目的の下で行われた一連・一体の行為として排除行為に該当するものと評価するのが相当である。
  2. 争点2(「一定の取引分野」の範囲〔独禁法2条5項〕)
    • 「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」(独禁法2条5項)とは、当該取引に係る市場が有する競争機能を損なうことをいい、特定の事業者又は事業者集団がその意思で当該市場における価格、品質、数量、その他各般の条件をある程度自由に左右することができる状態をもたらすこと、すなわち市場支配力の形成、維持ないし強化という結果が生じることをいうものと解される(最高裁判所平成24年2月20日第一小法廷判決・民集66巻2号796頁、最高裁判所平成22年12月17日第二小法廷判決・民集64巻8号2067頁参照)。
    • このように、「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」ことが、排除行為によって行われる場合には、当該排除行為によって、その当事者である事業者がその意思で当該市場における市場支配力の形成、維持ないし強化という結果が生じていることをいうものと解されることからすれば、本件における「一定の取引分野」は、当該排除行為により影響を受ける範囲を踏まえて決定すべきである。
    • 本件通知行為等は、原告が八尾空港における機上渡し給油による航空燃料の販売事業からA1を排除する目的の下、ジェット燃料と航空ガソリンとを区別せずに行われたものであり、ジェット燃料についても航空ガソリンについても同一の機会に同一の方法によって行われ、市場における原告の地位もジェット燃料と航空ガソリンとで共通していることからすれば、本件排除行為は、ジェット燃料と航空ガソリンとを一体不可分のものとして行われたものといえる。これらの事情に照らせば、原告の排除行為により影響を受ける範囲は八尾空港における機上渡し給油による航空燃料の販売に係る取引であると評価するのが相当であるから、当該取引分野を「一定の取引分野」として画定することができるというべきである。
  3. 争点3(「競争を実質的に制限」〔独禁法2条5項〕)
    • 本件における「一定の取引分野」である、八尾空港における機上渡し給油による航空燃料の販売に係る取引分野(本件市場)において、本件通知行為等が「競争を実質的に制限する」(独禁法2条5項)ものといえるには、原告が、その意思で当該市場における価格、品質、数量、その他各般の条件をある程度自由に左右することができる状態をもたらすこと、すなわち市場支配力の形成、維持ないし強化という結果が生じることを要する。
    • 原告は、このような排除行為により、本件市場の8割を超える多数の需要者に対しA1との取引を抑制させたのであるから、これにより、A1の牽制力を失わせ、A1との取引を回避し原告と取引する需要者に対し、価格等をある程度自由に左右することができる状態をもたらしたものといえる。したがって、本件通知行為等により、本件市場における原告の市場支配力の形成、維持ないし強化という結果が生じているということができ、本件通知行為等は、「競争を実質的に制限する」ものに該当するというべきである。
  4. 争点4(私的独占による独禁法3条に違反する行為の終期)
    • 本件排除措置命令は、本件違反行為が、12月7日通知により成立し、その後、本件排除措置命令時点においても継続していたとして、独禁法3条の規定に違反する行為が「あるとき」(独禁法7条1項)に該当するとしてなされたものである。
    • 本件通知行為等は、12月7日通知の時点から私的独占行為に該当するものと認められるところ、本件市場全体において本件排除措置命令までに本件通知行為等を終了させる事情が生じたとは認められない。
    • 原告は、本件排除措置命令後、本件排除措置命令に基づく措置として、取締役会において本件通知行為等を取りやめる旨を決議し、令和2年8月21日以降にその旨を自社の取引先需要者及びA1に対し通知したから、同日以降本件違反行為を取りやめたものと認められ、同月20日が本件違反行為を行った最終日と認められる。
  5. 争点5(正当化事由)
    • 独禁法1条が「一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する」ことを目的としていることからすると、本件通知行為等の目的が競争政策の観点から見て是認し得るものであり、かつ、本件通知行為等が当該目的を達成するために相当なものである場合には、私的独占の要件に形式的に該当する場合であっても、「競争を実質的に制限する」との要件に該当しない余地もあると解される。

担当裁判官

朝倉佳秀裁判官、丹下将克裁判官、本村理絵裁判官

判決掲載媒体

判例秘書(L07730541)、ジュリスト1583号215頁(令和4年度重要判例解説)

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