【独禁】 東京地方裁判所判決 令和2年3月26日

注目すべき争点

  1. 独禁法8条3号違反の有無
  2. 独禁法8条3号違反に対する正当事由の有無

私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律

第8条 事業者団体は、次の各号のいずれかに該当する行為をしてはならない。
一 一定の取引分野における競争を実質的に制限すること。
三 一定の事業分野における現在又は将来の事業者の数を制限すること。


第89条1項 次の各号のいずれかに該当するものは、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金に処する。
二 第8条第1号の規定に違反して一定の取引分野における競争を実質的に制限したもの

第90条 次の各号のいずれかに該当するものは、2年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する。
二 第8条第3号又は第4号の規定に違反したもの

前提事実

  • 被告は、原告が、平成26年11月以降、既に他の販売事業者から液化石油ガス(LPガス)の供給を受けている一般消費者等に、供給元を自社に切り替えることを目的とした勧誘等の営業活動(切り替え営業)を行った販売事業者(株式会社B、神奈川県内に販売所を設置)の入会申込みを否決しており(本件否決)、もって当該入会希望者が損害賠償責任保険に加入することができなくなることにより、原告が神奈川県内のLPガス販売事業に係る事業分野における現在又は将来の事業者の数を制限しており、これが独禁法8条3号に該当し、同条に違反するとして、平成30年3月9日、原告に対し、当該否決行為をしないことなどを命ずる排除措置命令(平成30年(措)第8号)をした。本件訴訟では、原告はこの排除措置命令の取消を求めている。
  • 原告は、LPガスによる災害の防止、取引の適正化による消費者利益の保護などを図ると同時に、神奈川県内のLPガス業界の健全な発展を図ることにより、広く社会公共の福祉の増進に寄与することを目的とする公益社団法人である。
  • LPガス販売事業者は、2つ以上の都道府県において販売所を設置する場合には経済産業省大臣の登録を受けなければならず、1つの都道府県の区域内にのみ販売所を設置してその事業を行おうとする場合は当該販売所の所在地を管轄する都道府県知事の登録を受けなければならない(LPガス法3条1項)。そして、LPガス販売事業を行おうとする者が上記の登録を受けるためには、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律施行規則6条が定める損害賠償責任保険契約(LPガス保険)を損害保険会社と締結しなければならない(LPガス法4条1項5号、3条2項5号)。一旦登録を受けたLPガス販売事業者について、LPガス保険が失効した場合など、同保険に加入しない状態に至った場合には、当該登録が取り消される可能性がある(LPガス法26条1号)。
  • 本件当時、LPガス保険には、①被保険者であるLPガス販売事業者が保険契約者となって直接保険会社と契約を締結するもの(個別保険)、②一般社団法人D協会(D協会)を保険契約者とし、個別のLPガス販売事業者を被保険者としてLPガス保険を締結するもの(協会団体保険)、③E連合会を保険契約者とし、個別のLPガス販売事業者を被保険者とするもの(E団体保険)の3つがあった

規範・あてはめ(一部)

争点1

  • 独禁法8条3号は、事業者団体が、「一定の事業分野における現在又は将来の事業者の数を制限すること」を禁止しているが、同条1号の「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」の禁止との要件の違いや違反した場合の法定刑の相違(同法8条1号に係る89条1項2号の方が8条3号に係る90条2号の法定刑より重い。)に鑑みれば、8条3号は、同条1号よりも競争を損なう程度の低い行為を念頭においているといえ、同号が禁止するような一定の取引分野における競争の実質的制限に至らなくとも、競争政策上看過することができない影響を競争に及ぼすこととなる場合を対象としていると解するのが相当である。
  • そして、事業者団体の行為によって事業者が実際に参入等を断念してから排除措置命令を行っても無意味であるから、事業者が参入等をすることができない事態が実際に生じなくとも、「現在又は将来の事業者の数を制限すること」に該当すると解するのが相当である。
  • そうすると、事業者団体の構成員でなければ当該事業に参入等することが不可能又は著しく困難であるという状況にまで至らなくても、当該事業者団体に加入しなければ参入等をすることが一般に困難な状況があれば、当該入会希望者の入会を制限することが、参入等を事実上抑制する効果を有し、「現在又は将来の事業者の数を制限すること」に該当すると解するのが相当である。
  • 【原告が事業者団体に当たるか】そこで本件についてみるに、まず、原告は、神奈川県内のLPガス業界の健全な発展等を主たる目的とし、2以上の事業者が社員である社団法人であるから、事業者団体(独禁法2条2項1号)に該当する。
  • 【一定の事業分野の範囲はどこか】そして、LPガス販売事業者の登録は都道府県単位で行われること、原告が、神奈川県内のLPガス販売事業者等を正会員とするものであることなどに照らせば、本件において、原告の行為が、新たに事業者が参入等をすることによって事業者の数を制限するものであるか否かを判断すべき「一定の事業分野」の範囲は、神奈川県内のLPガス販売事業に係る事業分野であるというのが相当である。
  • 【参入が一般に困難な状況を生じさせたか】LPガス販売事業を行うためには、LPガス販売事業者の登録を受けなければならず、これを受けるためには、LPガス保険を損害保険会社との間で締結し、継続しなければならない。
    • 本件期間において、LPガス保険には、①個別保険、②協会団体保険、③E団体保険の3種が存在していた。
    • このうち、E団体保険(③)の加入資格は、E連合会及びその関連団体等に限定され、神奈川県内におけるE団体保険の加入者はわずかに12事業者にとどまっていた。
    • また、本件期間に損害保険会社は54社存在していたが、このうち個別保険(①)を引き受けることができる体制にあったのは7社であり、原則として個別保険を引き受けない方針を採用し、例外として、以前からの団体契約に由来するとか、大口顧客とそのグループ会社であるとか、重要な顧客からの紹介や関係者からの依頼があったとかの特別な事情がない限り個別保険を引き受けない方針を採用しており、その結果、LPガス販売事業への新規参入を希望する者が損害保険会社に個別保険への加入を申し込んだとしても、通常、都道府県LPガス協会への入会及び協会団体保険への加入を求められ、個別保険の引受けを拒否される状態にあった。
    • したがって、本件期間当時、LPガス販売事業への新規参入者にとって、E団体保険(③)及び個別保険(①)の契約の締結は困難であったというべきである。
    • 協会団体保険(②)は、都道府県LPガス協会の会員であれば加入することができるところ、神奈川県内における都道府県LPガス協会は原告以外に存在しなかった。
    • そして、神奈川県内におけるLPガス販売事業者のうち、約92.0%を占める595事業者は神奈川県内のみに販売所を設置する者であり、これらの事業者は、他の都道府県LPガス協会において本社一括方式により協会団体保険に加入することはできなかった。結局、これらのLPガス販売事業者が協会団体保険(②)に加入するためには、原告に入会するほかに方法はなかった。
    • 以上によれば、神奈川県内においては、原告に入会しなければ、LPガス販売事業への参入等に必要不可欠なLPガス保険に加入することが一般に困難な状況にあり、本件否決は、このような状況において原告への入会を制限する行為に該当する。
    • 損害保険会社が一定数の個別保険の引受けに応じていることや、Bが個別保険に加入することができていたことを考慮しても、原告に入会しなければ、LPガス販売事業への参入等に必要不可欠なLPガス保険に加入することが一般に困難な状況にあったとの前記判断は左右されない。

争点2

  • 独禁法は、公正かつ自由な競争を促進し、事業者の創意を発揮させ、事業活動を盛んにし、雇用及び国民実所得の水準を高め、もって、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とするものであるから(同法1条)、同目的に照らして、専ら公正な競争秩序維持の見地からみて正当な理由がある場合には、たとえ外形上現在又は将来の事業者の数を制限するものであったとしても、当該行為は不当なものとはいえないとして独禁法8条3号に当たらないと解される。
  • 本件否決が、専ら公正な競争秩序維持の見地からみて正当な理由を有するものであったか、具体的には、Bが特商法に抵触するような違法又は不当な勧誘をしていることを理由に本件否決がされたものであるかについて検討する。
    • 本件否決は、会員の顧客の奪取に繋がる切替営業を防ぐ意図の下になされたといわざるを得ないのであり、Bが特商法に抵触するような違法又は不当な勧誘をしていることを理由にされたということはできない。よって、本件否決が、専ら公正な競争秩序維持の見地からみて正当な理由を有するものということはできず、本件否決が独禁法8条3号に該当するとの判断は揺るがない。

    担当裁判官

    岩井直幸裁判官、坂田大吾裁判官、森崎なつき裁判官

    判決掲載媒体

    ジュリスト1557号(令和2年度重要判例解説)202頁、判例秘書(L07530435)

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