【労働】 札幌地方裁判所判決 令和5年3月31日

注目する争点

  • 被告が原告に対して残業手当名目で支払っていた原告の売上の10%の金員は、時間外労働等に対する割増賃金の既払い金と評価できるか

背景事実

当事者

  • 被告は、一般貨物自動車運送事業等を業とする株式会社である。
  • 原告は、平成26年12月11日、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、同日から大型車両の運転業務に従事していた者であり、平成30年8月30日、被告を退職した者である。
  • 被告において運転手として勤務する労働者には、①北海道内から出発し、本州で貨物を運送する業務(本州便)に従事する長距離運転手、②北海道内で貨物を運送する業務(道内便)に従事する短距離運転手の2種類が存在したが、原告は、本州便を担当していた。

被告による残業手当名目の支払

  • 被告は、道内便の運転手に対しては、おおむね基本給として21万円程度(日額8000円から8500円)を支給し、労働基準法に従って計算した時間外割増賃金を支払っていたが、本州便の運転手に対しては、基本給15万7500円を支給し、売上げの10%に相当する額を本件残業手当として支払っていた。

規範・あてはめ

争点(被告が原告に対して残業手当名目で支払っていた原告の売上の10%の金員は、時間外労働等に対する割増賃金の既払い金と評価できるか)について

  • 被告は、売上の10%を本件残業手当(本件残業手当)として支給しており、本件残業手当は時間外労働等の対価であるから、基礎となる賃金には算入されないし、時間外労働等割増賃金の既払額として控除されるべき旨主張する。
    • 使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、
    • その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。
    • そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、
    • 当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり、その判断に際しては、当該手当の名称算定方法だけでなく、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする労働基準法37条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである(最高裁平成30年(受)第908号同令和2年3月30日第1小法廷判決・民集74巻3号549頁参照)。

労働基準法
第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金) 使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
4 使用者が、午後10時から午前5時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後11時から午前6時まで)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
⑤ 第1項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。

  • これを本件についてみると、本件残業手当は、賃金支給の際に基本給その他の手当とは区別されて支給されていたことから、形式的には通常の労働時間の賃金に当たる部分と判別されていたといえ、また、その名称からすると被告は、時間外労働等に対する対価とする意図で支払っていたものと推認される。
  • しかし、前記認定のとおり、本件雇用契約書には時間外労働等の対価として本件残業手当を支給する旨やその算定方法についての記載はなく本件残業手当の算出方法は、本件賃金規程に記載されている残業手当の算出方法と全く異なるものであること、採用面接やその後の賃金の支給の際に、被告から原告に対して、時間外労働等の対価として本件残業手当を支給する旨やその算定方法について説明しているものとは認められないことからすると、本件残業手当の名称や被告の意図を考慮しても、原告と被告との間に、本件残業手当を時間外労働等に対する対価として支払う旨の合意があったと直ちに推認することはできない
  • また、本件残業手当は、運転手に対して、売上げの10%に相当する金額を支払うものであるから、労働時間の長短に関わらず、一定額の支払が行われるものであるし、本件残業手当として支給される金額の中には通常の労働時間によって得られる売上げによって算定される部分も含まれることとなるから、当該部分と時間外労働等によって得られた売上げに対応する部分との区別ができないものである。
  • また、労働者の売上げに基づくものであるから、労働者の時間外労働時間の有無や程度を把握せずとも算定可能なものであり、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、労働時間に関する労働基準法の規定を遵守させようとする同法37条の趣旨に反するものであるといわざるをえない。
  • したがって、本件残業手当は、時間外労働等に対する対価として支払われるものとは認められない

担当裁判官

水野峻志裁判官

判決掲載媒体

労働判例1302号5頁、判例秘書(L07850577)

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