【国際取引/国際的裁判管轄】 東京地方裁判所判決 平成28年2月15日(中間判決)
注目すべき争点
本件訴えにつき、日本に国際的裁判管轄が認められるか(=原告と被告の間で締結した本件MDSAに定められた、カリフォルニア州裁判所を専属的管轄裁判所に指定する定めは有効か)
前提事実
- 当事者
- 原告は、半導体の電子部品の製造・販売・輸出入、電子精密機械の製造・販売・輸出入等を業とする株式会社。
- 被告は、コンピュータ及びその周辺機器、コンピュータプログラム並びに通信機器等の製造、売買、輸出入等を業とする米国の株式会社。
- 事案の概要
- 本件は、被告のサプライヤーとして、被告のパソコン用部品の製造・供給を継続的に行っていた原告が、被告から、電源アダプタ等に用いられるプローブピン(ポゴピン)の新型である「C6」(本件ピン)の開発・製造の依頼を受け、これを開発し、被告の要請に従って量産体制を整えたにもかかわらず、突然被告からの発注が停止されたため(本件取引停止)、発注を再開等してもらうために、やむを得ず被告からの代金減額要求(本件減額要求)及びリベート支払要求(本件リベート要求)に応じたところ、①被告の本件取引停止は、継続的契約関係に基づく善管注意義務違反及び不当な単独の取引拒絶行為(独禁法2条9項6号、公取一般指定第15号2項)に該当し、また、②被告の本件減額要求は独禁法2条9項5号ハの規制する優越的地位の濫用行為に、本件リベート要求は、同号ロ又はハの規制する優越的地位の濫用行為に、それぞれ該当するものと主張して、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償金15億0400万円及び7802万9357.8米ドル並びにこれらに対する平成26年10月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案。
- 中間判決に至る経緯
- 被告は、本件訴えは「原告・被告間における国際的裁判管轄に関する合意」に反して提起された不適法な訴えであると主張して、本件訴えの却下を求めた。そこで、裁判所が、当該本案前の抗弁に限り、中間の争いとして判断。
- 被告の主張する「原告・被告間における国際的裁判管轄に関する合意」
- 原告及び被告は、平成21年9月、被告の製品で使用するための部品の開発・供給等についての両当事者間の基本契約であるMaster Development and Supply Agreementを締結した(本件MDSA)。なお、同契約の発効日は平成20年6月3日とされている。
- 本件MDSAには、概要以下の規定がある(一般条項12項、本件条項)
- a 両当事者間に紛争が生じる場合、両当事者は、紛争を解決するために各当事者の代表として指名される両当事者の1名ずつの上級管理職によりまず当該紛争の解決を図るよう試みることに合意する。
- b 苦情を申し立てる当事者から相手方への書面通知後60日以内に両当事者がそのような手続きでは解決できない場合、両当事者はカリフォルニア州サンタクララ郡又はサンフランシスコ郡で実施される拘束力のない調停により当該紛争の解決を求めるものとする。
- c 両当事者が調停の開始後60日以内に紛争を解決することができない場合、いずれの当事者もカリフォルニア州サンタクララ郡の州又は連邦の裁判所(カリフォルニア州の裁判所)で訴訟を開始することができる。両当事者は当該裁判所の専属的裁判管轄権に取消不能で付託し、当該裁判所に提起される訴訟や訴訟手続きにおける最終判決が確定的となるものであること、及び、当該判決(当該判決の謄本は当該判決の決定的な証拠となるものとする)に基づく訴訟によるか又は法律で定められるその他の方法により、当該判決をその他のどの法域でも強制執行できることに合意する。
- d 各当事者は適用される法律上認められる可能な限り最大限の範囲で次の各号を取消不能で放棄する。(Ⅰ)上記の裁判所に裁判地を設定することに対してする異議申立て、(Ⅱ)かかる訴訟や訴訟手続きが不便な裁判地に提起されている旨の主張(以下略)
- e 紛争について別の書面による契約が適用されない限り、紛争が本契約に起因もしくは関連して生じているかどうかにかかわらず、本条の条件が適用される。
規範・あてはめ
- 渉外的法律関係を対象とする訴えについて、日本の裁判所に国際的裁判管轄が認められるかどうかに関しては、民事訴訟法3条の2以下に規律があり、民事訴訟法3条の2以下の定める管轄原因のいずれかが日本にある場合に、日本の裁判所の国際的裁判管轄が認められることとなる。
- これをみるに、本件訴えは、原告が被告に対し、不法行為等に基づく損害賠償を請求する事案であり、原告の主張する不法行為に基づく損害の少なくとも一部は日本国内において発生したものと解されるから、民事訴訟法3条の3第8号にいう「不法行為があった地が日本国内にあるとき」に当たる。したがって、同号を根拠として、日本の裁判所の国際的裁判管轄が認められるのが原則である。
- なお、原告の請求のうち、債務不履行に基づく請求については、民事訴訟法3条の6本文に基づき当裁判所の国際的裁判管轄が認められる。
- 他方で、原告及び被告間で締結された本件MDSAには、カリフォルニア州に所在する連邦又は州の裁判所を専属的管轄裁判所とする旨の合意がある(本件条項)。そこで、以下、本件条項の有効性について判断することとする。
民事訴訟法
第3条の3(契約上の債務に関する訴え等の管轄権) 次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定めるときは、日本の裁判所に提起することができる。八 不法行為に関する訴え
不法行為があった地が日本国内にあるとき(外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときを除く。)。第3条の6(併合請求における管轄権)
一の訴えで数個の請求をする場合において、日本の裁判所が一の請求について管轄権を有し、他の請求について管轄権を有しないときは、当該一の請求と他の請求との間に密接な関連があるときに限り、日本の裁判所にその訴えを提起することができる。ただし、数人からの又は数人に対する訴えについては、第38条前段に定める場合に限る。
第3条の7(管轄権に関する合意)
1 当事者は、合意により、いずれの国の裁判所に訴えを提起することができるかについて定めることができる。
2 前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。
- 国際的裁判管轄に関する合意の有効性等については、民事訴訟法3条の7に規律がある。しかし、本件MDSAは、平成21年9月に締結されたものであるところ、改正附則2条2項によれば、改正民事訴訟法3条の7の規定は、同改正法の施行前に締結された管轄合意については適用されないこととされている。そして、改正民事訴訟法の施行日は平成24年4月1日であるから(改正附則1条、平成23年12月21日政令第404号)、同日より前に締結された本件MDSAにおいて定められた本件条項について、改正民事訴訟法3条の7の適用はない。
- よって、本件条項の有効性等は、平成23年法律第36号による改正前の民事訴訟法の規定の趣旨をも参酌しつつ、条理に基づき判断されるべきである(最高裁昭和50年11月28日第三小法廷判決・民集29巻10号1554頁参照)。
- 改正民事訴訟法3条の7第2項は、国際的裁判管轄の合意は、「一定の法律関係に基づく訴えに関し」て行わなければ、その効力を生じない旨定めるところ、同規定は、合意の当事者の予測可能性を担保し、当事者に不測の損害を与える事態を防止する趣旨の規定であると解される。前記のとおり、本件条項について改正民事訴訟法3条の7の適用はないものの、管轄合意の当事者の予測可能性を担保する必要性は、改正民事訴訟法の施行前にされた合意についても等しく認められるものといえる。
- また、平成23年法律第36号による改正前から存在する民事訴訟法11条2項は、国内的裁判管轄の合意について、「一定の法律関係に基づく訴えに関し」て行うべき旨を定めるところ、同規定は、改正民事訴訟法3条の7第2項と同様の趣旨、すなわち、合意の当事者の予測可能性を担保し、当事者に不測の損害を与える事態を防止するという趣旨から定められたものであると解される。そして、同改正前の時点において、このような趣旨が国内的裁判管轄のみに妥当するものとはおよそ解し難く、同改正前においても、同趣旨は、管轄一般に妥当すると解することが相当である。
- 以上からすれば、国際的裁判管轄の合意は、改正民事訴訟法の施行前に締結されたものについても、条理上、一定の法律関係に関して定められたものである必要があると解すべきである。
民事訴訟法
第11条(管轄の合意)
1 当事者は、第一審に限り、合意により管轄裁判所を定めることができる。
2 前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。
- これをみるに、本件条項は、同条項が適用される条件を「両当事者間に紛争が生じる場合」とのみ定めており、「紛争について別の書面による契約が適用されない限り、紛争が本契約に起因もしくは関連して生じているかどうかにかかわらず、本条の条件が適用される。」としている。
- 以上のとおり、本件条項は、その対象とする訴えについて、原告・被告間の訴えであるというほかに何らの限定も付しておらず、上記定めからは、同条項が対象とする訴えについて、その基本となる法律関係を読み取ることは困難である。したがって、同条項が、一定の法律関係に基づく訴えについて定められたものと認めることはできない。
- 以上のとおり、本件条項は、条理上要求される方式で定められたものであるとは認められない。したがって、その余について判断するまでもなく、本件条項は無効であり、カリフォルニア州の裁判所に専属的裁判管轄があるものと認めることはできない。
担当裁判官
千葉和則裁判官、園部直子裁判官、西臨太郎裁判官
判決掲載媒体
判例秘書(L07133466)、ジュリスト1508号144頁
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